池上彰×増田ユリヤが語る、感染症と金融危機の歴史 「経済危機や不況は、今後も必ず起きます」

これまでの経済危機とはちょっと毛色が違う

――本文の途中で挟み込まれるコラムでは、世界恐慌の時代を生きたココ・シャネルやスタインベック、そして宮沢賢治の作品などが紹介されていました。


増田:文化的なトピックスを交えることで、読者の方々に世界恐慌を身近なものとして感じてもらえたらいいなと思いました。

池上:あとは読後感ですね。前作を読んでくださった方から「感染症の話だから、もっと暗い本だと思っていたけど、読後感が意外と良かった」という感想を結構いただいたんです。今回も、経済危機の話ばかりで、ひたすら不安になる感じのものではなく、当時の政治家たちが、どんなことを考えていたのか、あるいはそのとき政治家に求められるものは何だろうかということを、ちゃんとみなさんに考えてもらえるような本にしたいと考えました。

――過去の経済政策を紹介するだけではなく、その政策が生まれた背景や、当時の政治家たちの思いについても、しっかり書かれています。

池上:今回の経済危機は、感染症の影響で経済活動ができないということだから、これまでの経済危機とはちょっと毛色が違うものです。しかし、人々が困っているときにどのような対策をとるのか、どうやって人々の気持ちを鼓舞するのかという点では、共通していると思います。

増田:この本では当時の政治家たちが何を見て政策を立てたのか、何を大事に思ってくれたのかを、ちゃんと見るようにしていったんです。すると「あ、こういう人が、こういうことを考えながら、こういう政策を立てたんだ」というのが、より実感できる。ときにはそれが失敗することだってあったわけですが、真摯にやろうとしたことがわかれば、ある種納得感が得られるわけです。結局、信頼がなければ、何も納得できないんです。


――過去の経済危機を振り返ることは、自ずとリーダー論にも繋がってくるわけですね。ちなみにおふたりは、今回の日本政府の経済対策について、どのように見ているのでしょう?

池上:ひと言で言うと、すべてが遅い、あまりにも遅すぎます。10万円の給付金にしても、決まったのは4月なのに、7月に入った段階でまだ入金されてない人がいるわけです。中小企業者が事業を継続するための給付金も、全然入金されていない。他の国と比べても、あまりにも遅すぎると言わざるを得ません。

増田:初めてのことなので、多少うまくいかないことがあるのはしょうがないとは思っていたのですが、それにしてもわからないことが多すぎます。たとえば先日、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が、突如廃止されたじゃないですか。ああいう物事の処理の仕方というか、根本的なところで、今の政権に対して不安に思っているところはあります。

――リーダー論以前に、政策決定のプロセスが、依然として不明確なところがあると。

増田:そもそも、専門家会議の議事録がないという話も、どうかと思いますよね。いくら会議の扱いが違うからといって、こんなに大事なことに関して議事録をとっていないのは、一体どういうことなんだと。そんな状態で、どうやって議論を進めていくのだろうと疑問に思います。

――本作も前作も「歴史に学ぶ」のが共通したひとつのテーマになっていますが、そもそも記録が残っていなかったら、歴史を知ることもできませんね。

増田:その通りです。前作でスペイン風邪のことを取り上げましたが、あれも過去の記録が残っていたから、私たちは具体的に知ることができたわけです。これから第二波が来るということも、過去の記録があるからこそ言えるわけです。その記録が曖昧だったり、残っていなかったりしたら、次の危機が訪れたときに参考になりません。今の政権はそういうことをちゃんと考えていないのではないかと思うと、非常に腹立たしいです。

池上:今、増田さんが言われたように、スペイン風邪については、当時の内務省衛生局が詳細な記録を全部残しています。しかも、平凡社が『流行性感冒「スペイン風邪」大流行の記録』という形で本にしていて、おかげで今、「当時から結構みんなマスクをしていたんだな」とか、当時の様子を知ることができるわけです。

――具体的な経済政策についてはいかがですか?

池上:一律10万円の給付金はいいとして、そのあとすぐに「Go Toキャンペーン」というのを発表したじゃないですか。その予算の内訳を見てみると、よくわからないものがこっそり忍び込ませてあって……。

――「Go Toキャンペーン」を発表したのは、ちょっと驚くぐらい早い段階でしたよね。

池上:それはそうですよ。経済産業省が、こういうのをいずれやりたいと計画していたものを放り込んだだけですから。今回の事態のためにやろうじゃなくて、いずれこういうものをやりたいと温めていたものを、絶好のチャンスだと持ってきたわけです。

増田:そこにいろんなものを混ぜてくる。どさくさ紛れという言い方が適切かどうかわかりませんが、意味不明な予算が含まれていることがわかっても、今の政権は「問題ありません」と言ってしまう。「この政府は何なんだ、一体誰のことを考えて政策を打ち出しているのか?」と思ってしまいます。東日本大震災のときも同じようなことがありましたけれど、そこはまったく変わってない。

池上:だからこそ、我々はしっかり物事を見て、ちゃんとものを言っていかなきゃならないわけです。それこそがメディアの役割ですよね。

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