京アニが「KAエスマ文庫」に力を注ぐ理由 『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』誕生の背景

 アニメ制作会社でありながら、京アニがKAエスマ文庫を創刊し、激戦のライトノベル市場で刊行を続けている背景には、企画や原作を自社で持ち、オリジナルの作品を送り出していこうとする意識がありそうだ。

 2009年に小説などを募る京都アニメーション大賞を発足させ、2010年に第1回の受賞作を発表し、奨励賞となった虎虎『中二病でも恋がしたい!』を2011年6月のKAエスマ文庫創刊と共に刊行。後にテレビアニメ化を行い、劇場版も作られるオリジナルからのヒット作へと育て上げた。

 ビデオ会社やテレビ局、最近では映像配信会社などから持ち込まれた企画に沿って制作費をもらい、作品を作るのが従来のアニメ制作会社のスタイル。これではBlu-rayやキャラクターグッズが売れても制作会社への還元はない。製作出資をして権利を得る取り組みを行うアニメ制作会社も出てきたが、さらに原作権まで持てば実入りは大きい。なにより自前の企画で勝負できる。

 第2回で奨励賞の鳥居なごむ『境界の彼方』、第4回奨励賞の秦野宗一郎『無彩限のファントム・ワールド』とアニメ化作品が相次いで誕生。第2回で奨励賞となったおおじこうじ『ハイ☆スピード!』を原案とした『Free!』シリーズでは、男子高校生の水泳選手たちが競い合うストーリーで女性ファンを開拓した。弓道部員の男子たちを描いた第7回審査員特別賞の綾野ことこ『ツルネ -風舞高校弓道部-』もNHKでアニメが放送され、女性ファンを誘っている。

 そのKAエスマ文庫では、2020年に入って「KAエスマ文庫リレー2020」という5冊の新作を送り出すキャンペーンを展開。第8回の奨励賞作品『二十世紀電氣目録』でデビューした結城弘が、1月に『モボモガ』を刊行し、大正時代から現代へとタイムスリップして来た少女が、元の世界に帰るために京都の街を走り回るSF青春ストーリーで楽しませた。

 2月に『ヴァイオレット・エヴァーガーデン エバー・アフター』を刊行し、3月に第10回奨励賞の鏡はな『時間』を刊行。文化人類学の助教と結婚目前だった女性が、銀色の正体不明な物体と接触したことで奇妙な事態に陥るSFで、恋人への愛情を違う形に変えて守り続ける助教の強さに感動させられた。

 第10回特別賞の橘悠馬『典薬寮の魔女』は、薬師の少女が薬殺阻止に挑む王朝ミステリーで、日向夏『薬屋のひとりごと』を思わせる内容。

 そして5月、第10回特別賞受賞作の小川晴央『サクラの振る町』を刊行。桜の花びらに似た物質が降り注ぐ不思議な現象と、青春ならではの少女たちの複雑な感情が重なった物語は、男女を問わず関心を誘うものとなっている。イラストはラノベの『弱キャラ友崎くん』などを手がけるフライが担当。ぜひアニメ化して、美しい光景とドキドキさせてくれる物語を見せて欲しい作品だ。

 京アニが、これからの新しい企画を世に問う場として、そして他のラノベレーベルとは違った作品が読めるレーベルとして、KAエスマ文庫から目が離せない。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

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