『鬼滅の刃』評論家座談会【前篇】「現代におけるヒーローとヒールをちゃんと描いた」

『鬼滅の刃』は感情で戦うバトル漫画

島田:煉獄の話が出てきたところで、月並みではありますが(笑)、好きなキャラについても話したいのですが、おふたりは誰が好きですか?

倉本:私は、先ほど話に出てきた事後処理部隊「隠」の後藤さんが好きです。

成馬:思いっきり被りました(笑)。僕も後藤さんです。

倉本:後藤さんの登場シーンで印象的なのは、炭治郎がはじめての上弦の鬼とのタフな戦いが終わった後、ずっと蝶屋敷で寝込んでいて、ようやく目が覚めたときのこと。そばで看病していたカナヲちゃんがすごく喜ぶんだけれど、彼女は極端に口数が少ないから、そこで誰にも知らせないで自己完結しちゃう。そこに後藤さんが来て「意識戻ってんじゃねーか!! もっと騒げやアアア!!!」って怒るんです。アオイや他のみんなも心配してたんだからって。後藤さんからすれば、炭治郎もカナヲも自分より階級が上なんですが、でもそういうところは大人としてちゃんと叱るからね、みたいな感じで諭していて、強さだけが物事の尺度になっていないのが良いなと。

成馬:僕もまったく同じで、あのシーンが好きでした。絶対に被らないと思ったのに(笑)。そうか、みんなあのシーン好きなんだなぁ……。

倉本:じゃあ、後藤さんは成馬さんに譲ります(笑)。私はなんだかんだ一推しは炭治郎かもしれない。無限列車編の中で、みんなの深層心理を見せられるシーンがあったじゃないですか。そのときの炭治郎の深層心理の世界がめちゃくちゃ澄んでいて、しかもあったかくて、鬼の手先として入り込んだ人間がそのあまりの美しさに心が折られるというエピソードがあるのですが、私、大人なのにそこで号泣しちゃったんですよね……たぶん疲れてるんだと思うんですけど(笑)。こんなふうに、視覚的に主人公の心の美しさを描いた漫画って、意外となかったように思います。バトル系の少年漫画の主人公って、例えば『ドラゴンボール』の悟空とか『HUNTER×HUNTER』のゴンなんかを見ると、実は性格的な部分が希薄というか、戦闘がすべてみたいなのっぺりしたところがあるけれど、炭治郎はそれとはまた違う、ありそうでなかった主人公の姿なんじゃないかなと。

島田:悟空のあの性格は、サイヤ人の習性ですから仕方がないです(笑)。

成馬:炭治郎みたいなタイプの主人公って、もしかしたら『鉄腕アトム』くらいまで戻らないとあまりいないかもしれませんね。島田さんは誰が好きですか?

『鬼滅の刃(7)』

島田:私は柱は全員好きなんですけど、それ以外で言うと伊之助かなあ。実は漫画のキャラとしては、炭治郎よりも脇にいる善逸や伊之助の方が主人公っぽいでしょう? 弱虫だけど本当は強い心を持った少年が成長していくとか、山で獣に育てられた子供が人間の心を知っていくというのは、いずれも少年漫画の王道的な主人公のパターンです。でも、あえてそういうキャラを真ん中に立てずに、主人公の両脇に置いた吾峠先生もすごいと思いますけど、個人的にはやっぱり、伊之助になぜか惹かれますね。特に、カナヲと一緒に上弦の弐・童磨と戦うシーンが印象に残ってて、たぶん、あのバトルはカナヲだけだったら勝てなかったんじゃないかと思います。あのシーンでは、窮地に立たされているカナヲの前にいきなり現れて、「ボロボロじゃねーか 何してんだ!!  怪我したら お前アレだぞ しのぶが怒るぞ!!」って、伊之助のくせに(笑)、しのぶのことを「しのぶ」と正しい名前で呼んで、カナヲを鼓舞する。あの戦いはしのぶの弔い合戦でもあったと思うんですけど、あそこでの伊之助の態度にはシビれました。

倉本:炭治郎の名前さえ堂々と間違えていたあの伊之助が……と思うと、グッときますよね。

成馬:そもそも伊之助、鬼殺隊の隊員と力比べして刀を奪って、育出の元でちゃんとした修行をせずに鬼殺隊に入りましたからね。「獣(けだもの)の呼吸」も完全に自己流ですし。伊之助を見ていて思い出すのは『魁!!男塾』の虎丸龍次。拳法の達人たちが勢揃いしている中、猛虎流拳法という自己流の拳法で戦っていて、動きもめちゃくちゃ(笑)。

倉本:『鬼滅の刃』の中に『魁!!男塾』的な魅力を感じる中高年の読者は、少なからずいるみたいですね。

成馬:バトル漫画としては一世代前に戻っていると思うんですよ。『ジョジョの奇妙な冒険』で言うと第二部。ジャンプのバトル漫画の現在の主流は『ジョジョ』第三部から派生した異能力バトルで、戦いのルールがすごく複雑化していたので、『鬼滅の刃』のシンプルさは逆に新鮮でした。最後の無限城での戦いも『聖闘士星矢』の十二宮編みたいで、今どき珍しいトーナメントバトル的な流れだった。だからこそ、大人が読んでも既視感があって「昔読んだあの漫画に似ている」と、懐かしさを感じた人も多かったのかなと。バトルではモノローグが多用されるのですが、見せたいのは炭治郎たちが感情で戦っている部分であって、バトルのゲーム性にはあまり興味がないのかなぁと思います。だから「呼吸法」の概念も凄くざっくりしている。

島田:「水の呼吸」とか「炎の呼吸」とか色々とあるけれど、明確にどんな違いがあるのか、その原理みたいなところまではよくわからないですよね。特に「恋の呼吸」にいたっては、それって戦闘の技なのかという(笑)。

成馬:『リングにかけろ』の「ギャラクティカマグナム」みたいな感じで「理屈はよくわからないけれど、とにかく強いんだ!」ということだけは伝わってくる。その意味でも『鬼滅の刃』は、懐かしくも新しい漫画だったのかなと思います。【後編に続く】

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