『アシュラ』『銭ゲバ』『浮浪雲』……ジョージ秋山が遺した“漫画らしさ”のかたち

 漫画家のジョージ秋山が5月12日に亡くなった。享年77歳。

 代表作はやはり『浮浪雲』(小学館)だろうか? 

 1973年から2017年まで、『ビッグコミックオリジナル』で連載された全112巻に渡る本作は、幕末の江戸時代を舞台にした人情漫画。宿場町で問屋を営む「夢屋」の主人・雲(くも)の生き様は自由の一言。その達観した姿は作者にとっての理想像であり、仏教における「色即是空、空即是色」そのものだったと言えるだろう。

 その意味でも作者の到達点といえる作品だが、この悟りにも似た境地に辿り着く過程で、業の深い苦悩に満ちた漫画を多数発表していた。その筆頭が『アシュラ』と『銭ゲバ』だ。

『アシュラ』(幻冬舎文庫)上巻

 『少年マガジン』で連載された『アシュラ』は、飢饉が広がる中世と思しき日本を舞台に、アシュラという醜い少年の姿を通して「生きるとはどういうことか?」を描いた壮絶な作品。アシュラが生きるために人肉を食らう描写があることが当時問題となり有害図書指定された。

『銭ゲバ』(幻冬舎文庫)上巻

 対して『銭ゲバ』は『少年サンデー』で連載された作品で、貧しい家に生まれた醜い少年・蒲郡風太郎が銭と暴力(ゲバルト)によって権力の頂点に上り詰めようとするピカレスクロマン。どちらも70~71年にかけて連載された作品だが、当時の少年誌は学生運動の盛り上がる世相に後押しされて、みるみる先鋭化していき、少年漫画から逸脱した過激な作品や文芸性の高い作品が次々と生まれていた。

 ジョージ秋山もデビューした60年代後半は『ガイコツくん』、『パットマンX』といった児童向けの漫画を描いていたが、その作家性がみるみる先鋭化していく。その初期の達成であり問題作が、この二作だ。話数も短いため、ジョージ秋山を知らない人は、まずこの二作から入るといいだろう。逆にこの二作を読んで「無理」という方には、あまりオススメはしない。

 暗鬱とした『アシュラ』や『銭ゲバ』が一方にあり、もう一方に『浮浪雲』があるというのがジョージ秋山の世界だ。そして、この二極の間にも優れた作品が多数ある。

 『アシュラ』が問題化した後、ジョージ秋山は『告白』という漫画を『少年サンデー』で発表。殺人の告白からはじまる本作はどこまで本当でどこまで嘘かわからない私小説的な作品で連載終了とともにジョージ秋山は漫画家引退を宣言するのだが、その三カ月後に漫画家に復帰し、『少年ジャンプ』で『ばらの坂道』を連載する。心が病んだ母親を抱える少年・土門健が、多額のお金を手に入れ、仲間たちとともに「理想の村」という共同体を築こうとする姿を描いた文学的な作品だった。

 一方、72~73年にかけて『少年サンデー』で連載した『ザ・ムーン』は、巨大ロボット・ムーンを操る子どもたちの活躍を描いた異色のロボット漫画。鬼頭莫宏の『ぼくらの』(小学館)が本作の影響を受けていることで知られているが、浦沢直樹もTwitterに上げた追悼文で『ザ・ムーン』のイラストを描いていた。隠れた人気作である。

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