東京オリンピック延期は“物語の世界線”も変えたーー『東京ホロウアウト』は“今”読むべき小説だ
しかし作者は、混乱した首都に希望を与える。代表になっているのが、世良たちトラッカーだ。テロに立ち向かうなどという、大袈裟なことは考えていない。ただ、人々の生活のために荷物を運ぶ。その心意気が気持ちいい。
いや、トラッカーだけではない。スーパーの店長や、食堂の主人……。困難な状況だからこそ、誰かのために行動する。必死になって働く。現場で頑張るたくさんの人がいるからこそ、東京は破滅を乗り越えるのである。たしかに描かれていることは理想かもしれない。しかしフィクションが理想を語らないでどうするのだ。作者の希望と祈りが、ここに込められているのである。
もちろんミステリーの部分も、読みごたえあり。梶田警部たちの捜査により、一連の事件の意外な真実が明らかになる。また、過去の経緯から疎遠になっていた世良と梶田警部が、しだいに兄弟の絆を取り戻していく様子も、注目ポイントだ。面白いエンターテインメントでありながら、現在の日本について深く考えたくなる。まさに“今”、手に取るべき作品といえよう。
■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。
■書籍情報
『東京ホロウアウト』
著者:福田和代
出版社:株式会社 東京創元社
定価:本体価格1,900円+税
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488028077