『犬夜叉』は殺生丸の成長物語でもあった 高橋留美子がもう一人の主人公に託した想いとは?

高橋留美子が『犬夜叉』に込めた想い

 いくつかのインタビューによると、この『犬夜叉』という作品で、高橋留美子は(それまであまり描いてこなかった)「少年漫画のヒーロー」を描きたかったのだという。また、子供の頃に愛読したという手塚治虫の『どろろ』のような、妖怪と人間の本格的なバトルアクションを描きたかったのかもしれない。いずれにせよ、そうした著者が最初に思い描いた方向性とは別に、本作の根底には、「価値観の違う者同士がわかりあうことは可能なのだろうか」という読者への問いかけがあるように思えてならない。人種、国境、宗教、階級、思想――それらが生み出す価値観の違いや差別が、これまで数多くの争いの火種になってきた。だが、人は他者を理解することでわかりあえるのではないか。いや、きっとわかりあえるはずだ。そういう作者の強い想いが、この漫画には込められているのではないだろうか。

 そもそも主人公を「半妖」という、人間と妖怪の架け橋になりうる存在にしたのもその想いの表れだろうし、犬夜叉とならぶ「もうひとりの主人公」といっていい殺生丸もまた、先に述べたように、他者を理解することで真の強さを身につけていった。そう――ある意味ではこの『犬夜叉』という長大な物語は、殺生丸という心を持たない冷酷な妖怪が、人の温かさを知って大きく成長するまでを描いたビルドゥングスロマンの傑作だったといっても過言ではないのである。

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。@kazzshi69

■書籍情報
『犬夜叉 ワイド版(23)』
高橋留美子 著
価格:本体819円+税
出版社:小学館
公式サイト

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