大金持ちの刑事がお金の力で事件解決『富豪刑事』ーー筒井康隆は“社会派推理小説”の殻を破った

 ところで本書には、設定とミステリーの仕掛けの他にも、いろいろなネタが仕込まれている。たとえば大介たちが事件を担当するときのリーダーだ。毎回、顔ぶれが変わるのだが、なぜかみんな俳優に似ている。「富豪刑事の囮」の福山警視はアルフレッド・ヒッチコック。「密室の富豪刑事」の鎌倉警部はジャン・ギャバン。「富豪刑事のスティング」の飛彈警部はグレン・フォード。「ホテルの富豪刑事」の三宅警部はハンフリー・ボガード(彼の部下たちも、ピーター・ローレ、ジェイムズ・キャグニー、エドワード・G・ロビンソンに似ている)である。

 アルフレッド・ヒッチコックは、サスペンス映画の監督として有名。ジャン・ギャバンの当たり役は、メグレ警部。ハンフリー・ボガードを始めとするワーナーブラザーズ組は、ギャング映画の俳優。といった感じで、ミステリーと関係している。いささか分かりづらいのがグレン・フォードだが、これは息子を誘拐された会社社長を好演した映画『誘拐』を意識しているのだろう。その他にも、あれこれとネタが仕込まれているのだが、説明しすぎるのも野暮というもの。分からなくても問題ないが、分かっていれば味わい倍増。これはあれだと自分で発見したときの快感は、なにものにも代えがたい。

(C)筒井康隆・新潮社/伊藤智彦・神戸財閥

 なお本書は今年、テレビアニメ化されたが、コロナ禍の影響により第三話以降が放送延期された。さいわいにも7月から、あらためて放送されるそうなので、本書を先に読んで予習しておくのも、いいかもしれない。アニメは原作をかなり改変しているので、その違いが楽しめるはずだ。もちろんテレビアニメが終ってからでもOK。読んでから見ても、見てから読んでも、面白いものは面白いのである。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
『富豪刑事』(新潮文庫)
著者:筒井康隆
出版社:株式会社 新潮社
価格:649円(税込)
<発売中>
https://www.shinchosha.co.jp/book/117116/

■アニメ情報

『富豪刑事 Balance:UNLIMITED』
2020年4月よりフジテレビ“ノイタミナ”ほか各局にて放送開始
公式HP:fugoukeiji-bul.com
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