大金持ちの刑事がお金の力で事件解決『富豪刑事』ーー筒井康隆は“社会派推理小説”の殻を破った

 世の中の大体の問題は、金の力で解決できると思っている。金でどうにもならないのは、人の命(多少は金の力で寿命を延ばせても、誰もが必ず死ぬ)くらいだろう。当然、犯罪事件だって、金の力で立ち向かうことができる。筒井康隆の『富豪刑事』を読めば、そのことがよく分かるのだ。

 本書には短篇四作が収録されている。主人公は、神戸大介刑事。父親の喜久右衛門は、あくどい手段でのし上がった大富豪だが、そのことを悔いて息子の刑事活動を応援している。大介の方も、父親の支援を積極的に活用。“富豪刑事”ならではの方法で、事件を解決に導いていく。この設定そのものが、当時のミステリーに出てくる刑事のイメージに対するパロディといっていいだろう。

 もう少し詳しく説明したい。昭和30年代、松本清張の『点と線』『眼の壁』がベストセラーになると、追随した作品が現れ、いわゆる“社会派推理小説”のブームが起こる。そう呼ばれる作品に登場する刑事は、地道に靴底をすり減らし、家に帰れば晩酌を楽しむような、普通の人間であった。以後、ミステリーの刑事は庶民的な存在であるというイメージが固まってしまう。

 そのイメージを作者は、徹底的に破壊。同僚から「キャデラックを乗りまわし、葉巻を半分も喫わずに捨て、10万以上のライターをいつも置き忘れ、イギリスで誂えた仕立ておろしの背広を着たまま雨の中を平気で歩く」といわれる刑事を創作したのである。作者が作者なので、これだけで面白い作品になるっていることが確信できた。

 しかも、ミステリーの部分も凝っている。一作ごとに内容を変えているのだ。冒頭の「富豪刑事の囮」は、五億円強奪事件(詳しく書かれていないが、三億円事件がモデルだろう)の四人の容疑者に、大介が金の力で接近。喜久右衛門の秘書で、大介に好意を抱く浜田鈴江の協力も得て、犯人を明らかにする。解決までに、ちょっとした曲折があり、最後まで楽しく読めた。

 続く「密室の大富豪」は、二重に鍵の掛けられた密室で焼死した社長の謎に、大介が挑む。不可能犯罪の真相に、金の力で強引に迫る方法が愉快だ。また、本格ミステリーらしく「読者への挑戦」が二度も挿入されている。おまけに二度目のものは、メタ・フィクションになっているではないか。以後の話でも、メタ・フィクションの要素を投入。また、「富豪刑事の囮」でも、特殊な文章表現があった。こうした部分も本書の魅力になっている。

 さらに「富豪刑事のスティング」では会社社長の息子の誘拐事件、「ホテルの富豪刑事」では暴力団員が集まったホテルで不可解な殺人事件が起こる。どちらも大介が金の力を使っているが、必ずしも万能ではなく、時に事態をややこしくする。金の扱いもバラエティに富んでいるのだ。

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