新型コロナウイルス危機は人類史になにをもたらす? 2人の“知の巨人”の言葉を考察
新型コロナウイルスが依然として猛威を振るい、日本も含めた世界各国で社会不安が広がっている現在、世界の「知識人」たちの発言に大きな関心が集まっている。その中でも、とりわけ注目を集めているのが、日本でも多くの読者を持つ2人の「知の巨人」の言葉だ。そのタイトルのインパクトも関係しているのか、今再び書店で手に取る人が増えているという大著『銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎』(草思社)で知られるジャレド・ダイアモンドと、人類の歴史をマクロ的な視点で読み解いた『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(河出書房新社)が世界的なベストセラーとなったユヴァル・ノア・ハラリだ。
現在の世界に広がる富とパワーの「地域格差」を生み出したものとは何なのか。1万3000年にわたる人類史のダイナミズムに隠された壮大な謎を、進化生物学、生物地理学、文化人類学、言語学など広範な最新知見を駆使して解き明かした『銃・病原菌・鉄』でピューリッツァ賞を受賞。その後も『文面崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』(草思社)、『昨日までの世界 文明の源流と人類の未来』(日本経済新聞出版社)、そして昨年10月に、ペリー来航で開国を迫られた日本など、危機を突破した7つの国の事例から、これからの人類のあり方を解く『危機と人類』(日本経済新聞社)を出版したジャレド・ダイアモンドは、『日経ビジネス』2020年3月30日号に掲載された記事の中で、「今こそ、次のウイルスのことを考えよう」と主張する。(参考:https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00557/?P=1)
新型コロナウイルスの問題が依然として収束しない中、なぜ今、次の新型ウイルスについて考えなくてはならないのか。その理由についてダイアモンドは、「2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行した時、我々は次なる感染症の大流行について考えることを怠った」としながら、「その結果、避けられたはずの今回の感染拡大を許してしまった」と自説を展開。つまり、今回の新型コロナウイルス(COVID-19)は、SARS同様、中国を起点とする感染症であり、それとほぼ同じ経路で広がったことはもとより、人間以外の哺乳類を感染源とすることも共通しているにもかかわらず、その最初の感染場所であると目される中国の野生動物市場が、依然として完全閉鎖されていないことをダイアモンドは問題視するのだ。
中国は、今回の新型コロナの流行を受けて、野生動物市場の閉鎖に踏み切ったが、それはあくまでも食用目的の取引であり、伝統医療目的の売買は、いまだなされているのではないか。これを完全に閉鎖しない限り、「世界に広がる新興感染症はSARSやCOVID-19が最後とならないことを、確信をもって予言する。中国だけでなく世界のすべての国・地域において、野生動物が食用やその他の目的で幅広く利用され続ける限り、新たな感染症が発生することは間違いないだろう」とダイアモンドは警鐘を鳴らしているのだ。
一方、『サピエンス全史』で人類の「過去」を、『ホモ・デウス』で人類の「未来」を描いたのち、昨年11月に出版された『21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考』(河出書房新社)では、人類の「現在」について考察したユヴァル・ノア・ハラリは、3月15日付のアメリカ「TIME」誌に、「人類はコロナウイルスといかに闘うべきか――今こそグローバルな信頼と団結を」と題する文章を寄稿。その全訳が3月24日、Web河出に掲載され多くの注目を集めている。(参考:http://web.kawade.co.jp/bungei/3455/?fbclid=IwAR2smGcD8DzK5kLVRIZjWfcLzmnjEPJrKGicBYbw1iGTyyXpjyT4n9A5oGk)
そこでハラリは、より実際的な提言を披露する。まず、今回の新型コロナウイルスの大流行をグローバル化のせいにするのは間違いであり、「長期の孤立主義政権は経済の崩壊につながるだけで、真の感染症対策にはならない」、「感染症の大流行への本当の対抗手段は、分離ではなく協力なのだ」と述べるのだ。その裏付けとしてハラリは、黒死病(ペスト)や天然痘など過去の例を挙げながら、グローバルな交通ネットワークが無い時代においても感染症が広がっていったことを指摘。「21世紀に感染症で亡くなる人の割合は、石器時代以降のどの時期と比べても小さい」としながら、病原体に対して人間が持つ最善の防衛手段は「隔離ではなく情報」であることを断言する。
さらに、それらの感染症の歴史が示すものとしてハラリは、「国境の恒久的な閉鎖によって自分を守るのは不可能であること」、「真の安全確保は、信頼のおける化学的情報の共有と、グローバルな団結によって達成される」ことを挙げ、「今日、人類が深刻な危機に直面しているのは、新型コロナウイルスのせいばかりではなく、人間どうしの信頼の欠如のせいでもある」ことを指摘。「信頼とグローバルな団結抜きでは、新型コロナウイルスの大流行は止められない」としながら、「あらゆる危機は好機でもある」、「目下の大流行が、グローバルな不和によってもたらせれた深刻な危機に人類が気づく助けになることを願いたい」と綴っているのだった。
さらにもうひとつ、ハラリは3月20日付のイギリス「FINANCIAL TIMES」誌に、「the world after coronavirus:コロナウイルス後の世界」と題する文章を寄稿。その全訳が3月28日、「クーリエ・ジャポン」に掲載された。「現在、人類は世界的な危機に直面している」という一文から始まるこの文章で、ハラリは今回の危機の結果として生じる「長期的な影響」も考慮すべきであると指摘している。曰く、この非常時に我々は、「全体主義的な監視社会を選ぶのか、それとも個々の市民のエンパワメントを選ぶのか」、「国家主義者として世界から孤立するのか、それともグローバルな連帯をとるのか」という2つの重大な選択を迫られているのだという。(参考:https://courrier.jp/news/archives/195233/)