町田康「人間って自分を乗り越える方法はそんなにたくさんない」 音楽と日本語、そして酒を呑むことのつらさ

俺は絶対に間違っているという自信がある

――本の話に戻りますが、呑んで酩酊したさきに書けたこととかあるんですか。

町田:書くときは、あまりなかったかもしれませんね。友だちと呑んでて、なにか自分が言ったことがその場ではあまり話題にならなかったけど、そのことを覚えていてあとで小説に書いた、ということはありましたけどね。『ギャオスの話』という短編は、そんなふうにして書きましたね。ただ、酔っぱらってドラッグ体験のような感じで「神を見た!」とか、そういうのはないと思います。昔はヒロポンとか売ってましたから、あの時代の人たち――坂口安吾とか織田作之助とか――はひと晩で短編30枚で書いたとか、そういう感じだったらしいですけどね。いまは、そういう人はいないんじゃないですかね。覚せい剤を注射した勢いで書くとか。いても言えないよね(笑)。中島らもさんとか。


――中島らもについては、町田さんが追悼の記事で「日本酒を瓶から直に呑みながら、次回作の構想を語ってくれた」と書いていますよね。

町田:自分を乗り越えたかったんでしょうね。自分の普段の発想とか意識とかを乗り越えて、なにかになりたかったんだと思うんですよね。

――町田さんの場合は、お酒を呑んでいることが常態化していた?

町田:越えられないんでしょうね。でも、人間って自分を乗り越える方法はそんなにたくさんないんですよ。越えたとしても瞬間で、ずっと越えてるのは無理だと思うんですよ。だから越えられないんだけど、でも、酒によって我を無くすというのがあるんですよね。自我を滅却する。でも、そのとき「本当に自我を滅却していますか?」と言ったら、あまり滅却していないと思うんですよ。つまり、酒を呑んで自我を滅却するどころか自我を増幅している。普通だったら遠慮深い人が、酒を呑んだら増長するみたいな。だから結局、酒に酔うのも怖いけど自分にも酔っちゃう。俺なんか自分がそうだったからわかるけど、「俺はすごい」とか人に言ったらバカみたいじゃないですか。しらふで言うてたら、どう考えてもバカみたいじゃないですか。でも、酒呑んでるおっさんとか、自分含めて見ていると、自慢というか自分の話ばっかするし。みんな自分の話したいんですよ、「みんな聞いて聞いて!」みたいな(笑)。すごいと言われたいっていう気持ちが自我としてあって、それを滅却したい、それを乗り越えたい、そんな醜い自我を意識を変えたら越えられるんじゃなくて酒を呑む。それで良い場合もあるんですよ。気の合う友だちと一緒に話して、ギャグ言ってゲラゲラ笑って、そこにすぽっとハマれば良いですよ。でも魔境に入ると、自分の話ばかりして、まわりはバカバカしいから聞かないじゃないですか。そしたら怒り出しちゃったりして(笑)。そういう作用があって、それはつらいですよ。そういうつらさも酒にはあるから。でも、それは酒のつらさじゃなくて、人間の存在のつらさというか自分のつらさなんですよ。

――もともと抱えているものが酒によって増幅されるんですね。

町田:麻痺して酔っちゃうんですね。抑制がなくなっちゃう。だから、そのときは気持ちいいかもしれないけど、あとで後悔するじゃないですか。そのときの気持ちよさとあとの後悔を比べたとき、後悔したり失ったりする人間的信用とか自己嫌悪感とか、そのときの費用とか時間とか、あとは健康とか考えると「やめたほうが得じゃない?」って(笑)。

――それが4年後の実感ですか?

町田:損得で利益を比べたとき、明らかに損のほうが大きいよなとか。あるいは、快楽とはなんだろうと考えたとき、100億円借りてきて99億円の快楽を得たとしたら、その99億円の快楽はすごい快楽だけど、マイナス1億円の苦しみを背負わなければいけないじゃないですか。1億の苦しみってすごい大変ですよ。じゃあ、10円の自己資金で11円の楽しみを得る。でも、1円の儲け(笑)。とか、そんなことを考えました。だから、人間は事業を拡大しなくていいんじゃない? ロクなことにならないよという気はしました。

――最後のほうなんか人間の存在に迫る話でしたよね。一方で、時事ネタっぽい部分もありました。例えば、「私たちは不当に権利を奪われたのではなくて~」というのがそれに当たるのですが、個人的にはこういう言葉が妙に胸に響きました。

町田:世の中には権利を奪っているヤツもいたんじゃないですか。俺、家族のカードでよくわからない手続きをしちゃったみたいで、リボルビング払いになっていたんですよ。それで、見たら年利18パーセントとかになっていて、解除したくてもすごく複雑な手続きをしなければいけない。これは20年前の話だからいまはそんなことないかもしれないけど、これってひどい話じゃないですか(笑)。だから、いま過払い金のCMとかよくラジオでやっていますが、みんなそういうことに敏感になっているのかもしれない。弁護士が来て「あなたの権利は侵害されているんですよ!」って煽られたら、「そうか」って実際に過払い金が返ってきたりもして。だから、そんなことは世の中にはあるんじゃないですか。でも、まあ知らぬが仏ということも言えますからね。


――先ほどの部分に限らず、文章を書くときに現代の社会に対する考えのようなものは入れるんですか。たまにネタのようなかたちで書かれていることがあって、それが一周まわってグッと来たりもするのですが。

町田:ときどき入れているんですけどね。スタンスはいくつかあります。デリケートな問題もありますから難しいんですけど。なにか思うことがあっても、なるべくなにかの側に立って意見を言うことはしないようにしているんです。なぜかと言うと、ひとつあるのは、俺は絶対に間違っている自信がある(笑)。俺が考えることは絶対に間違っているから、俺の意見が通ったりしたら大変なことになる! だから、あまり言わないようにしようというのがあります(笑)。

――素晴らしいですね。いまの発言もすごくグッときます。

町田:間違っている自信というのも変な自信なんですけど(笑)。

――やっぱりこの本を読んで、すんなりとお酒がやめられるかはわからないですね。二日酔いで無駄にしたなという日もあります。

町田:体が動かないですよね。あと、良いネタを持っていたとき、二日酔いの状態で書いたらもったいないと思うときもありますよね。すごく面白いことを書こうとしているんだけど、この働かない状態で書いたらつまんなくなっちゃうんじゃないかって。ちょっと休んでからやろうと思うと、結局休んでいるほうがラクだからずっと休んじゃうんですよ。それでYouTubeでコントとか観たり(笑)。

――二日酔い的なことも含めて、言葉を書くときに身体的なコンディションなども気になりますか。

町田:お酒をやめたら一回に書く分量が多くなりましたね。ここまで書いたら終わろうというのがあるんですけど、お酒を呑んでいたときは粘りが効かなくて、「ノルマまで行ったから今日はここまで」とかやっていたんですけど、いまは「ここでやめたら次に書くときの立ち上がりが悪いからもうちょっと先まで行っておこう」と続けて、気がついたらけっこう長くなったりします。生産高? 獲れ高? なんて言うんですか? 漁獲高? 枚数? それが多くなっていく感じがします。だから、体力は大事ですね。40代後半くらいまではまだ良いですけど、それ以上になってくると体がね。でも、年上の先輩なんかは「60代なんか元気だったね。70歳過ぎてからダメになってくるね」とか言っていましたけどね。だから、もしかしたら70代から考えると、いまは元気なのかもしれないですね。60代なんて全然普通だったみたいですよ。でも、その人が標準かわかりませんが。すごい元気な人なのかもしれない。大江健三郎さんと対談したときは40代前半だったんですけど、大江さんに「あなたまだ若いでしょ、50代でしょ」と言われて、「そうか、50代はまだ若いんだ」と思いました(笑)。

――音楽をかけながら書くんですか。

町田:音楽は気が散るからあまりかけないですね。音楽自体はあまり興味がなくなりましたね。自分がやるのはいいけど、聴いても全部良いに決まっているから聴いても聴かなくても一緒というか。

――最後に読者に向けてお願いします。

町田:『しらふで生きる』は別に酒をやめろと勧めている本ではないので、これを読んで酒をやめるもよし、楽しく呑むもよし。ひとつ、こういうヤツもいたということですね。人の体験ってあまり細かくは聞かないでしょう。もし言うことがあったとしても、ある程度ウケを狙って――ウケというのは笑わせようということではなくて、人格的に良いように思われようと話を作っていくじゃないですか。そういうことは一切やってませんから。そのときに思ったことを嘘を入れずに、人間が思うことをそのまま書いていますから。たぶんあまり他に例がないと思うので、そのへんを読んでくれると面白いかなと思います。


■町田康(まちだ こう)
1962年大阪府生まれ。町田町蔵の名で歌手活動を始め、1981年パンクバンド「INU」の『メシ喰うな!』でレコードデビュー。俳優としても活躍する。1996年、初の小説『くっすん大黒』を発表、同作は翌1997年Bunkamuraドゥマゴ文学賞・野間新人文芸賞を受賞した。以降、2000年『きれぎれ』で芥川賞、2001年詩集『土間の四十八滝』で萩原朔太郎賞、2002年『権現の踊り子』で川端康成文学賞、2005年『告白』で谷崎潤一郎賞、2008年『宿屋めぐり』で野間文芸賞を受賞。他に『夫婦茶碗』『浄土』『ギケイキ』『湖畔の愛』『ホサナ』『スピンク日記』『餓鬼道巡行』『リフォームの爆発』など著書多数。

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■書籍情報
『しらふで生きる』
町田康 著
価格:1,350円+税
出版社:幻冬舎
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