飯田一史が注目のWeb漫画を考察

Netflixドラマ化の韓国Webマンガ『恋するアプリ』と『PSYCHO-PASS』の共通点とは?

シビュラシステムとラブアラームが提起する人間行動の問題点はよく似ている

 『PSYCHO-PASS』では犯罪を侵す可能性(犯罪係数)の高い存在を検知するシビュラシステムというテクノロジーが社会実装され、犯罪係数の高い人間は即座にドミネーターという銃で排除することが許可されている。

 ほかにも自分のメンタルの状態から就職先の検討に至るまで、『PSYCHO-PASS』の世界では人工知能が示す数値をもとに人々は意思決定をする。日々の天気予報で示される降水確率を信じて行動するように、自分の進路や、自分が犯罪者予備軍なのかどうかすら、外在的なテクノロジーがもたらす計算結果を信じて決めてしまう。

 『PSYCHO-PASS』は当時流行していたタニタの体組成計が計測した数値から「あなたはこうしたほうがいい」とサジェストした結果を、使っている側はそのメカニズムがよくわかっていないにもかかわらず、どうして信じてしまうのだろう? という議論をひとつのきっかけに構想されたという。

 気づけばほかにも、日々の睡眠を充実させるために睡眠状態をウェアラブルデバイスで計測している人や、排卵日をアプリで計測して妊活に役立てている人は少なくない。

 つまり、もうすでに私たちはアプリや人工知能が示す数値によって自分の健康状態を信じ、行動に活かしている。自分の気持ちや信念よりも、ユーザーにはどんなアルゴリズムに基づいて計算されたのかもよくわからないデータを信じて生きている。

 『PSYCHO-PASS』や『恋するアプリ』が描くのは、こうした人々の傾向をエスカレートさせた世界であり、今の社会の価値観の行き着く先である。

 『恋するアプリ』は現代の東アジアを舞台にした恋愛ものとして売り出されているが、たったひとつのアプリをそこに導入(外挿)することによって、本質的には現代日本SFのいくつかの作品に近い問題提起をしている作品になっている。

韓国ウェブトゥーンの中では社会派要素は薄めの入り口だが……

 韓国のエンターテインメント作品は総じて、日本のものに比べて社会的・政治的な寓意やメッセージが強い傾向にある、としばしば言われる。

 『恋するアプリ』はウェブトゥーン作品でもよく見られる韓国社会の競争の激しさやルッキズムなどを扱ってはいるが、そこまで強く押し出しているわけではない。社会派要素ゼロの日本のラブコメに慣れ親しんできた読者でも違和感なく入っていける。

 入り口はそんなであるにもかかわらず、しれっと「データに人生の意思決定を委ねる社会」の問題を盛り込み、縦スクロールならではの余白を活かした演出方法で、登場人物たちの心理の揺れ動きだけでなく、物語が進展するほどにさまざまなことを考えさせてくれる作品になっている。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

■関連情報
恋するアプリ特設サイト:https://piccoma.com/web/lovealarm

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