『なめらかな世界と、その敵』伴名練が語る、SFの現在地「社会の激変でSFも期待されている」
「2010年代、世界で最もSFを愛した作家。」
このキャッチコピーはいささか盛りすぎではないかと思う読者もいるだろう。だが、本書を読めば、それは決して大げさではないことを実感できる。伴名練のSF短編小説集『なめらかな世界と、その敵』はそれだけの強度を持った一冊である。
発売に先駆け公開されたHayakawa Books & Magazines(β)のnoteの1万字メッセージの熱量の高さが話題となり、大森望をはじめとする評論家にも絶賛され、知る人ぞ知る存在だった伴名練の9年ぶりの単著は、SFファンを超えて多くの人々に届き、異例のヒットとなっている。もはや2019年を代表するSF小説と言っても過言ではないだろう。
一体、伴名練とは何者なのか、『なめらかな世界と、その敵』はどんな本なのか。著者に話を聞く機会を得た。氏が影響を受けた作品からSF論、そしてSFと現代社会との関わりまで幅広い話を聞くことができた。(杉本穂高)
「なめらかな世界と、その敵」のアイデアはいかにして生まれたか
――伴名さんは相当な読書家だと伺っています。どんな本を読んで来られたのですか。
伴名:たくさん読んだのはSFだけです(笑)。他のジャンルはそんなに詳しくないですね。ひたすらSFを読み続けてきたら、こういう人間に成長して、こういう本が生まれたんです。
――いつ頃からSFを読み始めたのですか。
伴名:小学校2年の時からです。Hayakawa Books & Magazines(β)のnoteの1万字メッセージにも書きましたが、小学校の教室の後ろに本棚があって、そこに今日泊亜蘭のジュブナイルSF、『シュリー号の宇宙漂流記』が置いてあったんです。そこから始まって、小学校の図書室のSF本を読み漁って、それを読み尽くしたら小学校近くの図書館分室のSF本を読んでいきました。90年代当時、SFの児童書はほとんど刊行されていませんでしたが、70年代から80年代初頭にかけて、児童書レーベルからSFがたくさん刊行されていて、そういう本は背表紙に「SF」と大きく書かれていたので見分けがつきました。そんな本を片っ端から読むという子供時代でした。小説だけじゃなくて、『ドラえもん』も読んでいましたし、それもSFへの思い入れを形作っていると思います。遠い時代や世界に連れて行ってくれるのが楽しかったんだと思います。書かれた内容が未来に実現するかもしれない、というところにも胸を踊らせていましたね。
――いわゆるセンス・オブ・ワンダーを感じていたのですね。伴名さんが考えるSFの根幹とはなんでしょうか。
伴名:アイデアの驚きに集約されると思います。そのアイデアを突きつけられた時、ビジョンが広がるような感覚、小さなアイデアから途方も無いスケールの話に広がっていく感動を体験できるところでしょうか。
――例えば表題作の「なめらかな世界と、その敵」では、パラレルワールドを意識だけで自在に行き来できるというのが中心的なアイデアですね。このアイデアはどこから生まれたのですか。
伴名:小説の冒頭にR・A・ラファティ「町かどの穴」を引用していますが、この小説は、ある男が帰宅しようとしたけれど、並行世界への穴が開いていたせいで……というシチュエーションのスラップスティックな話で、最初はここから発想して、全ての並行世界どうしが穴でつながっている世界の話を書いたんです。でも、世に出す前に、下永聖高さんが「三千世界」という小説で、ゲートで並行世界を行き来する話を先に発表されたのでお蔵入りになったんです。ならば、穴を使わず意識だけで並行世界を行き来できるようにしてしまおうと考えました。なので、これは一度ボツになった作品の弔い合戦のようなアイデアなんです。
――なるほど。穴をなくした結果、並行世界がシームレスにつながっているかのような感覚の世界になって、非常に独特なアイデアに生まれ変わったわけですね。冒頭、これを利用して、次々と季節が入れ替わるシーンが描写されていて、最初は異常気象ものの話かなと思ったんですけど、読み進めていくと、「なるほど、こういうことなのか」と腑に落ちました。
伴名:「なめらかな世界と、その敵」は最初が理解しにくくて、途中から世界のありようがわかってくる話になっています。はじめ何をやっているのかわからなかったものが、途中から腑に落ちて世界が開ける快感は、SFの醍醐味の一つなのでそれをやりたかったんです。
――このアイデアを用いて、身体の半分だけ並行世界に置いて、片足ずつ別々の地面を踏んでいるシーンなど、非常に独創的なイメージだと思いました。並行世界を意識だけで行き来できる世界にしか存在しない身体感覚を感じました。
伴名:意識だけで別の並行世界に飛べるというアイデアが、どうすれば絵として最も映えるかを考えて作ったシーンですので、そこを褒められると嬉しいですね。こういうビジュアルを思いつくと書きやすくなります。このビジュアルイメージが前提としてあり、これを活かすための物語をセットアップしていったんです。