婚活迷子、お助けします。 仲人・結城華音の縁結び手帳

婚活で大事なのは“自己演出”? 橘もも、リアルな婚活描く新連載小説スタート

 声を荒らげはしないものの、黒髪の女性の声が鋭く刺すように尖るのを、葉月は、ブルーバードのホームページを見ながら聞き流す。神楽坂に30年以上事務所をかまえていて、職員は所長ふくめて3人と少ないが、全国仲人連盟ほか主要な連盟に加入しており、紹介できる会員数も実績も豊富。入会手続きをふくめ、かかる初期諸費用は20万円以下。

 ――へえ。引っ越すより、安い。

 先ほどまで、賃貸物件の情報サイトを見ていた葉月は、すこし興味をそそられる。「だいたいあなたは」と思いつく限りの文句を黒髪の女性が並べているあいだに、葉月は無料相談の申込フォームを見つけ、ジャケットの女性は「それは確かに」「申し訳ありません」などと繰り返しながらすべて聞き受けていた。よくやるなあ、と正直思う。黒髪の女性はたしかに美人だけれど、隣に座っただけの葉月でさえ、一歩もひかないその態度に驚くほどだ。おおかた、男性相手にも同じ態度で接しているのだろう。アドバイスを聞き入れる気のない相手に、どれだけ言葉を尽くしても無駄だ。それにこういう人間は、アドバイスをしてもしなくても、けっきょく最後に同じことを言うのだ。

 ――お前ってほんと、優しくないよな。

 30分前まで、葉月の目の前に座っていた男の顔を思い出すと、怒りとやるせなさで胸がきりりと痛んだ。お前は俺を支えてくれるわけでも引っ張ってくれるわけでもない。そんなんでこの先、いろんなことを乗り越えていけると思えないよ。そう言った彼の思い出が染みついた部屋なんて捨ててやる、引っ越して新天地で心機一転、もっといい男をつかまえてやる。そう思っていたけれど。

 ――結婚相談所。

 ありかもしれない、と思った。あと三か月もすれば30歳の誕生日がやってくる。婚活市場で、とくに女性は、20代と30代では状況が変わると聞いたこともある。行動するなら、今かもしれない。

 そんなことを考えているうちに、文句も尽きたのか、黒髪の女性は黙り込んだ。気まずい沈黙が流れ、やがてジャケットの女性は深く長い息を吐きだした。

「お気持ちはわかりました。私の力不足と、お心に寄り添えていなかったこと、本当に申し訳ありません」

 ジャケットの女性が首を垂れるような雰囲気があって、葉月はなんだかいやな気持になった。客商売だからってこんな理不尽なクレームにまでおもねる必要なくない? けれど、続いた彼女の発言に、葉月は驚く。

「ですがそれほど見た目を変えたくないというのは、過去になにか傷ついたことがおありだからですか。……たとえば、以前お話しいただいた、入会前につきあっていた恋人に、揶揄されるようなことを言われたとか」

「え……」

「浮気されたとおっしゃっていましたね。女は多少馬鹿なくらいがかわいいんだ、なんて言われたと。そのお相手の女性が、先ほどおっしゃっていた、量産型女子アナファッションだったのですか」

 黒髪の女性は、葉月よりもっと驚いているらしかった。言葉を詰まらせ、反論の言葉さえ出てこない。ジャケットの女性は畳みかけるように続けた。

「でしたらもったいないです。そんな男のせいで、深澤さまの可能性が狭められてしまうだなんて。私は深澤さまに、性格を変えろと言っているのではありません。選ばれるのは彼の言うとおり、浮気相手の女性のような方なのだから、おとなしく負けを認めろ、とも言ってはおりません。ただ、最初の敷居を下げましょうと申し上げているのです。男性が深澤さまの知性や美しさに気後れしないよう、少々、手心をくわえてあげましょう、と」

 ジャケットの女性は、息を吸った。

「深澤さまにぴったりの男性は必ずいらっしゃいます。ですが、見つけるためには会っていただかなくてはどうにもなりません。優しい雰囲気で、にっこり笑って、写真をとりましょう。深澤さまだって、ド派手な柄シャツを着た眼光の鋭い男性が、にらみつけるようにこちらを見ている写真は、いくらイケメンでもちょっと怖気づくでしょう。それと同じです。どんな人かわからないからこそ、少なくとも会って普通におしゃべりできそうな相手を選びたいんです」

「…………だって」

 と、答える女性の声はふるえていた。

「だって、どうせ見た目なんか変えたって意味ないです。私はかわいげないし、男の人を立てることもできないし、料理だって苦手だし。見た目ばっかりとりつくろったってそんなの」

「それも昔の恋人に言われましたか」

 ジャケットの女性の声は、静かだった。

「傷つくな、とらわれるな、とは申しません。過去の男から投げつけられた言葉は呪いです。私にも覚えがあります。でも、あなたを蔑んだ男の言葉より、あなたを魅力的だと感じている私の言葉を信じてほしい。今の私にはそれ以上言えませんが、どうか、と思います」

 それからしばらく、沈黙があった。

 溶けた氷が、からん、と音を立てたのをきっかけに、黒髪の女性がぽつりとつぶやいた。

「…………私の写真、そんなに感じ悪いですか」

 黒髪女性の声がやわらだいだのが、葉月にもわかった。ジャケットの女性は「いいえ」ときっぱり首を横に振った。

「感じ悪くはありません。ただ、美人だからこそやや気が強そうで、学歴と職歴の高さもあいまって、自分じゃ釣り合わないんじゃないかと腰がひけてしまう男性もいらっしゃいます。そしてそういう謙虚な姿勢をおもちの方々は、お人柄もよいことが多いです」

「そういえば、これまで会った人たちは、私の稼ぎにぶらさがる気満々だったり、やたらに高圧的だったりしたな。……なかには、いい人もいたけど」

「いい人でも、価値観があうとは限りません。だからこそ間口を広げ、よき方とできるだけ多く会う必要があるんです」

 黒髪の女性はふたたび黙り込んだ。それをジャケットの女性はまた、何も言わずに静かに待った。やがて、

「わかった」

 とこの短時間で人柄が変わったかのように、穏やかな声が黒髪の女性の口から洩れた。

「とりあえず、美容院で相談してみる。髪型を変えるのはやっぱり抵抗があるけど、巻いたり、分け目を変えたり、なにかアレンジできないか聞いてみる。……あと洋服も、女の子らしい恰好が好きな友達に相談してみる」

「いいと思います。店員さんにも相談してみてください。お見合い、というのが抵抗あるなら……そうですね、田舎で法事があるとおっしゃってみてはいかがでしょう。頭の古い親戚ばかりで、女性らしい服を着ていかないとあれこれうるさいんだ、などと言って」

「たしかに、それなら言えそう。実際、青森の実家に帰ると、いつもかわいげがないって文句つけられるから」

「いきなり全部は難しいかもしれませんが、ゆっくり、できることから始めていきましょう。困ったことがあればそのつど、お力になりますから」

 葉月は伝票をもって立ち上がった。残念ながら、間仕切りの向こうを一瞥するだけでは、ジャケットの女性の名前がわかるようなものは見当たらなかった。が、裏返されたスマホの背面に貼ってあった、黄色いトラのステッカーには見覚えがあった。

 会計を待つあいだ、ほとんど入力の終わっていた申し込みフォームの備考欄に「小柄の、プロレスファンの女性仲人さんを希望」とつけくわえる。あのトラは、先ほどまで恋人だった男が好きなプロレス団体のシンボルだ。葉月自身はまるで興味はなかったけれど、頻繁に話を聞かされ、動画を見せられるので覚えてしまった。罪を憎んで人を憎まず。男を憎んでトラは恨まず。むしろトラが結んでくれた縁だと思うことにする。名前も分からない彼女に、葉月は話を聞いてもらいたいような気分になっていた。

 それが葉月と、仲人・結城華音との出会い。

 くしくも、4年つきあい結婚を考えていた恋人から、別れを告げられた日だった。

■橘もも(たちばな・もも)
2000年、高校在学中に『翼をください』で作家デビュー。オリジナル小説のほかに、映画やドラマ、ゲームのノベライズも手掛ける。著書に『それが神サマ!?』シリーズ、『忍者だけど、OLやってます』シリーズ、『小説 透明なゆりかご』『リトルウィッチアカデミア でたらめ魔女と妖精の国』『白猫プロジェクト 大いなる冒険の始まり』など。『小説 空挺ドラゴンズ』が11月に発売予定。「立花もも」名義でライターとしても活動中。

(イラスト=野々愛/編集=稲子美砂)

関連記事