川口大輔が生み出した22年越しのアルバム、JUJU・土岐麻子らとの絆 プロデューサーとして駆け抜けた25年を語る

マルセロ木村との共作がもたらした化学反応

――川口さんと言えばブラジル音楽好きとしても知られていますが、やはり今回もブラジル音楽は入れようと思っていたのですか?

川口:ブラジルって、飛行機を乗り継いで行かなくちゃいけないような場所にあるじゃないですか。だからブラジル音楽は、アメリカ音楽やイギリス音楽とはちょっと違う距離感があるなと思うんですよ。周りを見ても、日本でブラジル音楽をやってた人の多くがどんどんそれを捨てて、飛行機の乗り継ぎがない場所の音楽に行っている気がしているんです。だけど僕の中には何年経ってもずっとブラジルっていうものが大きく存在している。これはもう、本当に拭い去れないんだなと思って。だから「今回も入れよう」っていうよりは、ブラジルが僕の中から溢れてきちゃうので、もはや「諦めて入れる」みたいな、そんな感じです(笑)。

――そんな川口さんのブラジル愛が溢れ出た「Depois da Chuva」は、ポルトガル語で“雨上がり”を意味するボッサテイストの曲で、ブラジルの豊かな自然を感じさせる歌詞がとても素敵な曲ですね。この歌詞を書いたマルセロ木村さんとはどういう経緯でご一緒することになったのですか?

川口:去年、Kiroroの玉城千春さんのブラジル公演にサポートで行って、改めて「ブラジル最高!」って帰ってきて。そのテンションのまま“RIO DE JANEIRO”って書いてあるTシャツを着てブルーノート東京で行われたイヴァン・リンスの来日公演に行ったんですけど、着席したら「Você é brasileiro?」(あなたはブラジル人ですか?)って話しかけてきたのがマルセロさんだったんです。で、そのライブがめちゃめちゃ良くて泣きながら観ていたら、マルセロさんが僕以上に大号泣していて。泣くっていう感情は色々あって、たとえば僕はセリーヌ・ディオンがパリ・オリンピックの開会式で歌った「Hymne à l'amour(愛の賛歌)」を聴いても泣いちゃうんですけど、あれは彼女の動物としての感情表現に対して泣いちゃう感じで。けどイヴァン・リンスはそういうわけでは決してなく、もう少し柔らかいところに包まれて泣いちゃうみたいな、そんな感じなんですよね。マルセロさんが泣いてるのを見て、すごく素敵な人だなと思ったし、その感情を共有したいなって思ったんです。

川口大輔 - Depois da Chuva(Official Audio)

――マルセロさんにどんな歌詞を書いてもらいたいなと思っていましたか?

川口:この曲は最初(アントニオ・カルロス・)ジョビンの「Águas de Março」みたいな歌詞がいいかなと思っていて。あの曲って、ひたすら名詞を並べてるんですよ。木の棒、石、川、雨って、ただただ名詞を羅列していく曲。この曲にはそういう歌詞がすごく合うなと思って、たとえば日本の夏の終わりだったら、風鈴、スイカ、海とか、何々があって、何々があるけれど、でも君はいない、みたいな曲にしてほしいってマルセロさんに頼んだんです。でもマルセロさんはそう切り取らずに、もっと根本的な感情というか……「こんな風にするの?」「天才じゃん!」みたいな歌詞を書いてくださったんです。いただいたデモテープを聴きながら、イヴァン・リンスを観た時のように泣くっていう感じでしたね。だから、マルセロさんのその切り取り方が結果として本当にありがたかったというか、この曲が持っている何とも説明できない感情を全部説明してもらった感じです。そういう意味では、コラボレーションってこういうことなんだなって思った1曲ですね。

――ブラジルもあればR&Bもあり、ということで、「だりぃのは今日まで」はブリッジ(曲の終盤に一度だけ登場する展開部分)も完全にR&Bだなぁと思いながら聴かせていただきました。

川口:自分で言うのもアレですけど、この曲かっこよくないですか(笑)?

――かっこいいです。超かっこいいです(笑)。

川口:僕、ケイ・ジー(ヒップホップ・グループ、ノーティー・バイ・ネイチャーのメンバーで、R&Bプロデューサーとしても活躍)が超好きで。あの人の作るプロダクションって、コード進行に裏切りがちゃんとあって。オシャレなんですよね。

――ジャネイ(90年代に活動した女性R&Bデュオ。ケイ・ジーがプロデュース)とか、まさにそうですもんね。

川口:そうなんです。彼女達の「Hey Mr. D.J.」(1993年)が出てきた時に、「あ、時代が変わったな」って思ったんですよ。あの曲はビートがとにかくしっかりある上に、ずっと裏切りの粉がまぶさってるみたいな、そんな曲なんですよね。かっこよくて、ちょっと気だるくてっていう。当時、こういう曲を僕はすごくやりたかった。それこそ「Depois da Chuva」はひたすら転調しながら奏でる1本の川なんですけど、ヒップホップって逆にずっとループじゃないですか。その中で歌うっていう当時の憧れをずっと壺の中に入れておいて、長年保存していた曲です。

川口大輔 - だりぃのは今日まで(Official Audio)

――それを今引っ張り出したのはなぜですか?

川口: 今回ちょっとだるさを入れたかったんですね。昔はハッキリ歌うことこそが正義だと思ってたんですけど、そうじゃなくていいんだということに気づいたのもあって。熱唱じゃない音楽がこれだけ増えてきたこのタイミングじゃないと、この壺から取り出す機会を失ってしまうと思ったんです。

――なるほど。それこそオルタナティヴR&Bがメインストリームになってきたタイミングでもありますしね。

川口:ですね。フワフワ揺れながら、感情を込めて歌うみたいな曲を出すなら今しかないなっていう思いはありました。

――R&Bもあればレゲエもあり、ということで、「A Place of My Own」はラヴァーズ調の曲になっています。

川口:この曲は先ほど話した2年前の郡山のライブでやった時に、すごく反応が良かったんです。改めてこの曲いいなと思ったし、当時から英語で作ってたんですけど、1曲くらい英語の曲があってもいいなと。あと「この曲は太陽の曲です」みたいな曲がアルバムに1曲ほしかったんですよ。路地裏でも月の夜でも雨の日でもなくて、「これが太陽の曲です!ドン!」みたいな曲が欲しくて(笑)、久しぶりに壺からこの曲を出してきました。

川口大輔 - A Place of My Own(Official Audio)

――歌詞にはどういう思いを込めて込めたんですか?

川口:どうしても日本語で作品を作ると文学になっちゃうんですけど、英語だったらそういう文学性みたいな部分じゃなく、ストレートに思ったことを言えるんですね。英語だと全然照れることなく、まわりくどい言い方をしないで表現できる。だからこの曲も「君が必要だから。お願い、泣かないで。一緒にハッピーになろうよ」みたいな、直射日光を当てたような歌詞になってます(笑)。

――そして、レゲエもあればジャズもあり、ということで、ラストの「good bye」はジャズナンバーとなっています。

川口:ジャズって裏切りのある音楽だなと思っていて。たとえば“ロックは裏切らない”という責任のコード進行のもと成り立っている気がするんですけど、ジャズは責任を持って裏切りをやる音楽だと思うんですね。ジャズを真剣に学んだことはないですが、僕の中にはジャズ的なもの、ジャジーな裏切りのあるものっていうのは、ずっとあったわけです。そういうジャズの裏切りに加えて、この曲の根底にはブルースがあるなと思っていて、ブルースを形にするんだったら、トリオ(ピアノ・ベース・ドラムの3つの楽器で演奏する小編成のジャズ・スタイル)でやるのが最適かなと考えて、アルバムの中で唯一スカスカな曲にしてみました。

川口大輔 - good bye(Official Audio)

――別れの曲でもあり、決意の曲でもあるそうですね。

川口:「Shuffle」の時にもお話しましたけれど、人には必ず別れがあるわけで。僕は人生の色々な場面で照れておちゃらけて、「別れがやってくるわけないよね」みたいな状態をひたすら作りながら生きてきた。父が亡くなった時もそうだったんですよ。その時もちゃんとありがとうって言うのも違うみたいな、どうしよう、どう言ったらいいんだろうって思ってる間に父は逝ってしまったんです。別れ際どうこうってことではなく、普段からできることってめちゃめちゃあったなと今となっては思うし、ずっとおちゃらけて煙に巻いて終わる人生は嫌だなと思ったんですね。これからの人生では、場面場面できちんとその状況に向き合っていきたいし、この曲が楔(みそぎ)みたいになって「あの曲で自分言ったじゃん、今度こそおちゃらけないでいこうって決めたじゃん」みたいな。そのために作った曲です。

――なるほど。ラストにふさわしい曲ですね。

川口:当初「Finally」って曲を最後にするっていう考えもあったんですよ。もっと明るくバーン! って、ミュージカル的なエンディングでもいいかなと思ったんですけど、そこは照れなくてもいいかなと思って。結果、「good bye」をラストにして良かったと思ってます。

川口大輔 - Finally(Official Audio)

――その「Finally」はフレンチポップとかロジャー・ニコルズあたりを彷彿とさせる曲ですし、先行シングルの「Summertime」はアマピアノ風の出だしからサンバ調に展開する曲ですね。ポップという軸がありつつ、ブラジルやR&B、ジャズ、レゲエ、ソフトロックにまで派生していて、けれど軸はぶれていない、ポップで聴きやすいアルバムだなと思いました。川口さんの豊かな音楽知識あってこそのアルバムだと思いますが、作り終えて手応えはいかがですか?

川口:ありがとうございます。作り終えて、改めて僕にはめっちゃ好きなルーツミュージックがあるんだなって思いました。作品が出来上がって、このアルバムはビートがあるアルバム、リズムのアルバムだなと思ったんですね。もちろんメロディがあるアルバムなんだけれど、ブラジルのリズムがあったり、ヒップホップのリズムやレゲエのリズムがあったり。最後の曲も流麗なジャズの曲ではあるけれど、あれもチークで踊れるようなリズムがある。それってやっぱり僕にとってのルーツミュージックだなと。漠然と作ったメロディと歌詞だけのものではなくて、その上で体を揺らすリズムと感情があって、僕はそれが好きなんだなっていうことを改めて実感しました。

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