水瀬いのり、自由の翼を手に新たな挑戦へ! 「自分がいちばんのファンでいてあげたい」――『Summer Challenger』を語る
10周年という晴れ舞台を走り切り、11年目の最初の一歩として水瀬いのりが選んだのは、苦手な季節への挑戦だった。初の単独野外ライブ、初めてのクリエイターたちとの出会い……新たなシングル『Summer Challenger』はタイトルそのままに、この夏における挑戦が詰まった一枚だ。
稀代のヒットメーカーとなったヤマモトショウが書いたポップで弾けるタイトル曲「Summer Challenger」、チルでノスタルジックな「ハートノフレーバー」、志村真白と栁舘周平の化学反応が爆発する「リフローレセンス」。3曲それぞれに異なる夏の顔を持っている。10年間、自分に正直であり続け、走り抜けてきた水瀬が放つ、渾身のサマーシングルである。そしてこのシングルリリースを経た9月、富士急ハイランド・コニファーフォレストの空の下、彼女は自身の音楽を届けるのだ。
さらなる自由の翼を得た水瀬いのりの最新インタビューをここにお届けする。「挑戦したこと自体が大成功」と笑う彼女の言葉には、10年かけて手にした、揺るぎない確信があった。自信と自由を胸に、彼女はどこへ向かっていくのか。じっくり話を聞かせてもらった。(編集部)
あらためて、この10年間頑張ってきた自分を全力で抱きしめてあげたくなります
――2025年にアーティストデビュー10周年イヤーを迎え、ライブ音源配信やベストアルバム発売、ライブツアー「Inori Minase 10th ANNIVERSARY LIVE TOUR Travel Record」など、忙しく駆け抜けてこられました。振り返ってみて、10周年イヤーはいかがでしたか?
水瀬いのり(以下、水瀬):5周年がちょうどコロナ禍で、周年ライブがオンライン配信の無観客公演になってしまったので、みんなで一緒に盛り上がれる周年は今回が初めてだったんです。そういった意味でも、チームのスタッフもファンの皆さんも一丸となって、この10年を盛り上げてくださいました。周年って、自分から「我が、我が」と盛り上げていくものなのかなと思っていたんですけど、まわりの皆さんが、私が乗った神輿を全力で担いでくださるという名のもとに10周年ができて。自分らしいお祝いができたのが、すごく嬉しかったですね。ツアーファイナルを見返しても、これまでやってきた自分のライブからはブレずに、同じことを続けてきたなかで生まれた大切なものが、10年をもって完成した気がしていて。皆さんに用意していただいた晴れ舞台を楽しむ1年間だったなと思います。
――10年間のことがフラッシュバックする瞬間もありましたか?
水瀬:すごくありました。ライブチームで言うと、舞台監督さんや制作のプロデューサーがファーストライブからずっと一緒で。メイクさんやスタイリストさんも含めて、長年自分を見てくれている人たちがいるなかで10周年を一緒に迎えられていることが、本当に感慨深かったです。最初は歌を歌うことが楽しくて、「人に聴いてもらえるなんて……!」というところから始まったんですけど、今では私の活動が誰かのモチベーションや希望になっている。自分が憧れていたアーティストさんたちがもたらすパワーに自分も少しずつ近づけている気がして。「10年やりきったぞ」というよりは、10年頑張った自分を褒めて次のフェーズに行ける喜びのような気持ちで終えられましたね。
――以前のインタビューで、声優とアーティストの境界線がなくなってきたという話をされていましたが、10周年を駆け抜けたことで、その先に見えたものはありますか?
水瀬:アーティスト年齢で言うと、5年目くらいまでは想像以上のことだらけで……今思うと、自分の心と名前の乖離が発生していたことがすごくあって。それをなかったことにせず、正直にいたから、今の10年があると思っています。空元気や愛想笑いで切り抜けることができない自分だからこそ、この10年にたどり着けた感覚がある。あらためて、この10年間頑張ってきた自分を全力で抱きしめてあげたくなります。
――10周年ツアーのファイナルとなった横浜アリーナでのライブは、いかがでしたか。
水瀬:アーティスト活動を続けていくなかで、たくさんの人の前で歌うことが怖い日もあれば、「自分の歌にお金を出してもらう価値って本当にあるのかな?」と考えてしまう時期もありました。“好き”を仕事にしたら変わってきてしまう感覚が苦しかった時期もたくさんあったんですけど、やめずに歌い続けてこられたのは、歌を歌うことが純粋に好きなのと、自分に書いてくださった楽曲たちが宝物だったからで。今思うと、あれはネガティブな悩みではなく、私なりの向上心であり、大きな成長のタイミングだったなと気づく部分がたくさんありました。
――だからこそ、横浜アリーナでの景色も特別なものになったんでしょうね。
水瀬:人数やキャパじゃないと思いながら歌を届けてきたつもりだったんですけど、やっぱり皆さんのペンライトの数と声援の大きさには圧倒されました(笑)。胸があたたかくなって、涙が流れてきてしまう場面もあって。リハでは想定していなかった、みんなが起こしてくれた現象を目の当たりにして、自分たちがやってきたことがこんなにも誰かの心に届いていたんだと噛みしめる2日間でした。
まるで伏線のような美しさが私のアーティスト活動にはすごく多いんです
――以前のインタビューで、「10周年がゴールじゃない」とも話されておりましたが、今回のシングルのタイトルは「Summer Challenger」で、チャレンジャーという言葉が使われています。「挑戦者」という気持ちは、今もあるんでしょうか?
水瀬:11周年の1枚目、通算13枚目のシングルが、こういう路線になるのは本当に素敵な巡り合わせで。初めて野外ライブを行うことが決まってから、テーマソング作りを始めたんですけど、自分が言ってきたことが叶っていくスピードが速すぎて。まるで伏線のような美しさが私のアーティスト活動にはすごく多いんです。今回もそれが見事にハマって。しかもタイトル曲をヤマモトショウさんが作ってくださったので、まさに「これだ!」と思いながら受け取らせていただきました。野外ライブも初めての挑戦ですし、ヤマモトショウさんと宮野(弦士)さんとご一緒するのも初めて。挑戦が詰まったシングルなので、今年はこの「チャレンジャー」という言葉をめちゃくちゃ多用していきたいと思っています。
――もともと、野外ライブはやりたかったことだったんですか?
水瀬:10年前、SEKAI NO OWARIさんが富士急ハイランド・コニファーフォレストでやられたライブを観に行っていたんです。当時の私は、全然ライブ経験もなかったので、音楽だけじゃなくいろんな演出を「浴びた!」という感じで帰りのバスに乗ったんですけど、野外ライブって、空の移ろいを見たり、風を浴びたりして、パフォーマーと観客が同じ気持ちになれる感覚が強いなと思って。いつか自分の楽曲だけで単独野外ライブができたらなと思っていたんです。私の楽曲って、実は野外が似合う曲だらけなので、今からセットリストを作るのに悪戦苦闘していて。早くも、2回目の野外ができた時には今回歌えなかった曲も歌いたいなと思ってしまうくらい、気持ちが高まっています(笑)。
――野外ライブに関しては、いつくらいから具体的に動き出していたんですか?
水瀬:明確にやりたいと言ったのは、『Travel Record』ツアーのリハ中に「今後やってみたいこと」として挙げたのがきっかけなんです。最初は、ファンクラブのアコースティックライブでコンセプトを絞って挑戦できたらいいなと思っていたくらいで、まさか今年の年号を背負って大きな単独公演になるとは思っていませんでした。みなさん的には「いのりちゃん、決まっていたから言ってたんでしょ?」という感じかもしれないですが(笑)、本当にただの展望だったものを、スタッフの皆さんが動いて叶えてくださったんです。
――まさに新しい曲は、野外に向けて必要なピースだった、と。
水瀬:そうですね。久しぶりのシングルですし、10周年を経た次の作品ということで、メッセージ性とテーマを絞った方がいいなと。アートワークや撮影、ライブビジュアルにもこのタイトルがすべてハマってくれる存在なので、このシングルを持ってライブまで走りきるというのはセットで動き出しています。
――ヤマモトさん、宮野さんとはどのようにコミュニケーションを取られたんでしょう?
水瀬:プロデューサーさんを介して、「夏に挑戦する」「夏を克服する」というテーマでお願いしました。私は冬生まれということもあって、夏が苦手で、あんまりいい思い出がなくて(笑)。でも、野外ライブができるということで、「今年の夏はみんなと一緒なら克服できるんじゃないか」というモチベーションのもと、楽曲に落とし込んでほしいとお伝えして生まれたのが「Summer Challenger」なんです。ギラギラの太陽というより、清涼感のあるもの。一人ひとりが見つけていく夏らしさや、夏を好きになる瞬間を、歌のなかで表現していただきたかったんです。それが曲となって返ってきて感動しました。コールアンドレスポンスのパートを少し増やしてもらったくらいで、とてもスムーズに完成しました。