大橋ちっぽけ「嘘偽りない自分の姿を届けることこそが喜び」 今歌う本当の音楽と意志、3rdアルバム『aritei』を語る
2021年の「常緑」のヒットを経て、大橋ちっぽけはいろんな感情と向き合った。自分のポップな一面だけがパブリックなイメージになっていく恐怖。ポップスが好きで音楽を始めた原点の気持ち。でも、どこかポピュラーミュージックから逃げようとしている自分。その葛藤の先で、彼は音楽を紡ぎ続けた。あれから5年、完成したアルバム『aritei』は、「有り体」という言葉通り、飾らない自分を大橋がそのまま音楽に落とし込んだ作品だ。
前半はラブソング、後半は私小説的な自己観察による歌たち構成された。冷凍庫に残ったアイスを舞台にした別れの記憶、外側から世界が変わってくれることをただ待っていた日々への反省、ポップスそのものへの愛の告白――。言葉は時に剥き出しになる。だが、そのサウンドはどこまでも大きく開かれたポップミュージックだ。暗い言葉を明るく届ける。それが大橋ちっぽけのずっと変わらない流儀であり、信念である。この類稀なバランス感覚とセンスの結晶がアルバム『aritei』なのだ。
「ちっぽけ」という名前を名乗ったまま、音楽をどんどん広げていきたい。その迷いが一切ない状態で作られた『aritei』は、“ポップアーティスト・大橋ちっぽけ”のいちばん率直な自画像だ。今の彼の思考と表現のすべてを聞かせてもらった。(編集部)
これまでのなかで、いちばん率直なポップスへの向き合い方が表れていると思う
――前回インタビューさせてもらった『Youth』というEPは、ひとつの区切りになるような作品でしたよね。あれから8カ月ぐらい、アルバムとしては約2年半ぶりです。ご自身の手応えとしてはいかがですか?
大橋:アルバムを作りたいというのはずっと思っていて、いろいろな兼ね合いのなかでこのタイミングでのリリースになったんです。タイトルの『aritei』は、「有り体に言えば」という表現で使われる言葉で、「率直に言えば」とか「ありのまま」とか、「飾らない姿」みたいな意味で。そう考えると、今の自分がこれまでポップミュージックに向き合ってきたなかで、いちばん率直なポップスへの向き合い方が表れていると思うし、ひとつの集大成のような形のアルバムになったかなと感じています。
――「ポップスと向き合う」というのは、大橋さんがデビューの頃からおっしゃっていたテーマですよね。ポップミュージックの王道を行く、真ん中に行きたいという意味だと解釈しているのですが、それと同時に、大橋さんはポップスというものの定義をすごく広くとらえたうえで、かつ時代のなかで変わっていくものとして向き合っていらしたと思うんです。今回の『aritei』のポップス感もすごく広い。
大橋:“ポップス”と言うと、なんとなく明るいものであったりとか、普遍的にいろんな方に愛されるようなイメージもあったんです。でも、独白的な曲をポップな感じにしてみたり、今までいろいろなかたちの楽曲を作って向き合ってきたからこそ、率直な気持ちもポップなものとして消化できるのかなと思えて。それが、今作の後半に出てくるような楽曲たちになるんですけど。
――ご自身の率直な心情を表現した曲も今作の特徴ですね。特にアルバム後半の「自己犠牲」から「ぼくのせかいは」あたりは、私小説的な機微に富んだ流れだと思います。とはいえ曲は必ずしもディープで暗いというわけではなくて、弾んでいるというか、まさにポップに仕上がっている。
大橋:言葉だけでは少し暗く聴こえたり、マイナスな印象のある表現も、ポップなサウンドに落とし込むことで届けられる。そういう音楽が昔から好きだったんですよね。特に今言っていただいたように「自己犠牲」から「ぼくのせかいは」の流れは、あくまで人に聴いてもらうものとして、自分が大事にしてきた感覚を落とし込みながら作っていきました。そのフォーマットのようなものを自分のなかに確立できているような実感もありましたね。それができるようになったからこそ表現できた歌詞の内容だったりもあるのかな。
――開かれたポップスとして成立しているからこそ、ディープな言葉が乗せられるという。
大橋:そうだと思います。自己表現をすることが、音楽をするうえでいちばん意味があるというか。作品を作って、自分の気持ちや思いをそこに乗せて、それが人のもとに届くことが嬉しいし、それに対して「共感しました」という言葉が返ってきた時に、音楽を作る意味があると思えるんですよね。そう思うからこそ、気持ちを表現することで自分自身も救われたいという気持ちもあって。「今だったらこういう表現ができるかな」とか「今だったら素直に言ってもみんなが受け取ってくれるんじゃないかな」という期待があるから書けた曲たちだったのかな、と。
大橋ちっぽけが対峙しなければならなかった“あるテーマ”
――大橋さんの歌の世界を支えているのは曲だと思います。以前のインタビューで、まずリズムが先にあって、そこからトップラインやメロディを組んでいくことが多いとおっしゃっていましたが、『aritei』はどういうふうに作っていきましたか。
大橋:「大橋ちっぽけといえばラブソング」というイメージができつつあるのかなと自分でも思っていたので、アルバムの前半はラブソングで、後半からもっと個人的な思いや気持ちを表すような、より人間的なものを表現する曲で構成したくて。特に後半の曲は、ワードから作っていったものが多いです。「ぼくのせかいは」は、歌い出しの歌詞だけまずパッと書いて、そこにメロディをつけていきました。
――〈あぁ 僕は世界が/外側から変わってくれること/期待してしまうから〉という歌詞ですね。
大橋:自分がずっと向き合わなきゃいけないと思っていたテーマが、「世界が外側から変わってくれることを期待してしまう」ということだったんです。自分自身の世界を変えるために、自分から何かを変えたり変わろうとするよりも、まわりのほうが変わってくれる、それをずっと待ってるだけの日々を過ごしていた気がしていて。この曲は、最終的には相手の人に対する感情みたいなところにシフトしていくんですけど、自分自身のこれまでの生き方の反省点みたいなものをすごく踏まえている曲で。こういう曲に関しては、ワードや歌詞から作っていきました。
最後の「aritei」も言葉が先にあって、アルバムのタイトルにしようというところから作り始めました。このアルバムを締めくくる、作品を表すような曲を作ろうと。一聴するといわゆるラブソングとして受け取ってもらえるかなと思うんですけど、個人的にはポップスに対する思いを書いたつもりです。TikTokで「常緑」という曲がありがたいことにたくさん再生されて、あの曲を経ての自分自身と音楽の向き合い方みたいなものをテーマにしてみようと思って。なので、サウンド的には結構「常緑」を意識しているんですよ。
――リズムアレンジの跳ねた感じとか、「常緑」と通ずるものがありますよね。
大橋:そうだと思います。〈端的に言うとね〉とか〈愛せる理由とね〉とか、ちょっと韻を踏んだりもしてみて。「常緑」がバーッと広がっていくなかで、当時は嬉しい気持ちと、自分のポップな一面、明るい部分だけがパブリックなイメージになっていくことへの恐怖感みたいなものもあったんですよね。そこから、自分はポップスが好きだったのに、ポピュラーミュージックみたいなものからどこか逃げようとしている自分もいたような気がしていて。でも、それと向き合えたことで、やっぱり好きなものは間違いなく好きであって、原点はそういう音楽を作るのがとにかく楽しくて始めたんだったよな、と立ち返れたんです。これこそが率直な自分の姿であり、その葛藤から今は抜け出せて、自分はあの時のモードに今あるという意思表明をして、この作品を締めたかった。なので、最後はすごくポップな曲を持ってきました。
――「常緑」との向き合いも一旦の決着がついたという感じはあるわけですね。だから、てらいなくポップな曲もできるという。心躍るような曲に言葉を乗せていくことの気持ちよさは大橋さんの音楽のひとつの特徴でもあります。
大橋:根底的には洋楽が好きだから、どちらかというと日本のJ-POPの言葉のハメ方よりも、洋楽っぽいハメ方のほうが好きだなというふうには思っていて。だから、歌詞は絶対に韻を踏みたい。あと、日本語はやっぱり母音がどうしても強い言語なので、なるべく子音を気持ちよく聴かせられるような表現を選びます。でも、歌詞の内容は妥協したくないので、自然とスッと聴けるし、洋楽的なリズムやフローをちゃんと感じ取ってもらいながら、それでも歌詞を文字として読んだ時にみんなが腑に落ちてくれる、そういう表現は常に意識しています。そこは、ずっと変わらず自分が大事にしているトップラインの作り方ですね。
――他方で日本のポップスには、七五調で言葉がスラスラと乗っていくフォーマットもあるじゃないですか。大橋さんの曲にもそういう部分がないわけじゃないけど、やっぱり少し距離を取っている。洋楽的なリズムへの緊張感がありますね。
大橋:自分が好きだなと思えるのは、J-POPだけを聴いていたら生まれなさそうなメロディと日本語のハマり方みたいなもので。そこは、すごくシビアに緊張感をもってトライしてます。