大江千里が取り組む人生を豊かにする“宿題” 愛犬ぴーすの喪失、どん底からの再帰で辿り着いた音楽

3年ぶりのオリジナル・ジャズアルバム『HOMEWORK』を6月24日にリリースした大江千里。今作は、自宅で制作した打ち込みのトラックから、ニューヨーク・ブルックリンのThe Bunker Studioでマット・クローへジー(Ba)、ロス・ペダーソン(Dr)を迎えてレコーディングしたアコースティックジャズまで、これまで培ってきたスキルのすべてをパッチワークした全16曲。タイトルの「宿題=HOMEWORK」を「義務」ではなく「人生を豊かにするための探求」と定義し直すところから、この“音の実験工房”は立ち上がった。一緒に渡米し、苦楽を共にした愛犬ぴーすを2024年に亡くし、失意のどん底にいた大江は、その悲しみをどう乗り越え、いかにして“三代目大江千里”として前を向けたのか。一曲ごとの制作の手触りまで、たっぷりと語ってもらった。(田中久勝)
「“挑戦の第一章”も一緒に昇天した」ーー愛犬ぴーすの喪失で色褪せた人生観
ーー前作『Class of '88』から約3年ぶりのアルバムとなりますが、この間にはアメリカでの活動に加え、愛犬ぴーすちゃんを失うという大きな出来事がありました。大江さんにとって、この3年間はどのような意味を持つ時間だったのでしょうか。
大江:47歳でジャズピアニストを目指して渡米して、自分のレーベル(PND Records)を立ち上げてからは、「この年齢での挑戦だし、やれるところまで太く短く一緒にやってみよう」という気持ちで、ぴーすとずっと苦楽を共にしてきました。『アトランタ・ジャズフェスティバル』への出演や、グラミー賞コンシダレーションに入ったり(『answer july』)、憧れのライブハウス「バードランド」への出演、そして『Class of ’88』が全米ジャズラジオチャート「JAZZ WEEK」で24位を記録したり、本当にぴーすと一緒にアメリカ中を飛び回って、色々な経験をしました。でも、やっぱり案の定というか、彼女(ぴーす)が先に逝ってしまった。そうなった時、これまでのモチベーション、つまり「何かを成し遂げるぞ」「ここにゴールを決めて逆算して走るぞ」という人生観そのものが、一気に色褪せて、意味を持たないものに感じられてしまったんです。ぴーすは、僕の音楽の現場をずっとそばで見守り、喜びもがっかりするようなことも、すべてをわかち合ってきた相棒であり、家族であり、大切な仲間でした。彼女がいなくなったことで、47歳で渡米してから続いていた、ある種の「挑戦の人生」はいったんここで終わったんだな、と感じました。ぴーすが亡くなったことで、僕の中の「挑戦の第一章」も一緒に昇天したような感覚です。
ーーそこから、どのようにして再び音楽に向き合い、今作『HOMEWORK』という形にたどり着いたのですか?
大江:ぴーすがいなくなって、「自分はきっとこの先も音楽を続けていくだろうけれど、それは今までとはちょっと違う趣と意味を持つものになるだろうな」と思ったんです。じゃあこれからの自分はどこに重きを置いて、どんなコンセプトでアルバムを作ればいいのか、それをずっと探し求めていました。実は、以前にワクチンで体調を崩して死にかけた経験や、ぴーすとの別れ、そしてアメリカという帝国が揺らぐ音を日々肌で感じる中で、従来のアルバム制作、例えばアルバムは10曲構成であるべきだとか、仕事にまつわる既存のシステムや枠組みが、自分の中でガラガラと崩れていきました。最終的には「本人がやりたいか、やりたくないか」それだけが基準になったんです。
ーー一旦一からのスタートになった。
大江:そうなんです。ある日自分の中で「純粋な傷跡(Pure Scars)」がポロッと取れるような気づきがありました。硬くなった皮膚がかさぶたになって剥がれ落ち、その下に新しい薄皮ができていて、すごくヒリヒリしながらも新しい生命が生まれている。そんな感覚を、このニューヨークの街の真ん中で感じたんです。その時に「カッコ悪くてもいいから、今の自分をむき出しにして進むしかない」と、肚が据わりました。以前自分の中にあった「10代、20代のすごい才能が世界中で蠢いている中で、自分はどう戦うか」、なんていう器のあり方ばかりにこだわる考え方は捨てて、20秒でも30秒の作品でもいいから、とにかく今の自分から溢れる小作品を作り続けよう、と。そう決意して、何曲か作って(有田)純子さんやレコード会社のコ・プロデューサーの蒔田氏に送って「ダメならダメと言ってくれ」と相談したら、「やりましょう!」と背中を押してくれました。そこから1週間で一気に約30曲を制作し、その中から今回のアルバムに入っている16曲を選んでいきました。
ーー今作は、自宅での打ち込みのトラックから、ブルックリンの「The Bunker Studio」でのセッションまで、非常にバラエティに富んだ構成になっています。この制作手法にはどのような意図があったのでしょうか。
大江:前作『Class of ’88』を作る前から、ずっと「映像のないサウンドトラック盤」を作りたいという構想がありました。かつてバブルの時代を生きてきた僕の根っこには、どうしても例えばサントラといえばニューヨーク・フィルを呼んで豪華なストリングスを入れようとか、そっちの方向に考えてしまう癖があったんです(笑)。でも、自分の中の「かさぶた」が取れたときに気づいたのは、街を行き交うサイレンの音、日常のノイズ、人の嬌声、そうした自分を取り巻くすべての音が、自分の生命の音であり、そのまま音楽になるんだということでした。サウンドに関しては、デジタルからアコースティックな生音、そしてその両方をミックスしたものまで、ありとあらゆる組み合わせを試しました。基本は3人(ピアノ、ベース、ドラム)編成ですが、時々ドラムが生演奏から打ち込みのループに変わったり、現場でのワンフレーズをサンプリングしてリピートさせたりしています。
ーーより自由にジャズを楽しんでいる姿が音から伝わってきます。
大江:例えば7曲目の「Half Done(半分だけのスケッチ)」なんかは、ドラムのロス(・ペダーソン)が「どんなドラムを使おうかな」とスタジオを覗き込んでいる間に、僕とマット(・クローへジー)の二人でちょろちょろと演奏を始めて、そのままベースとのデュオとして生まれた楽曲です。
ーーアルバムの中には、1分ちょっとで潔く終わる楽曲もあります。その短さが、逆にとても生々しい衝動や熱量として伝わってきました。
大江:そう言っていただけると本当に嬉しいです。今回のアルバムは、おもちゃ箱をひっくり返したような構成になっていて、僕自身も夜が更けるまで夢中で作業を続けました。アルバムの終盤、16曲目の「Tricky D(パパと呼ばないで)」なんかは、「今日はもうエネルギー切れだから終わり!」と、鍵をかけてスタジオを飛び出してしまうような、そんなリアルな世界観をそのままパッケージしています。完成された完璧な作品を目指すのではなく、その未完成の美学というか、試行錯誤しているプロセス自体を大切にしたかったんです。
ーー長年のパートナーであるマット・クローへジー(Ba)とロス・ペダーソン(Dr)とのレコーディングはいかがでしたか? 楽曲によってはベースが非常にエモーショナルに歌っていたり、ドラムのフレーズがすごく印象的でカッコよかったり、これも大江さんから具体的なディレクションですか?
大江:彼らへのアプローチとしては、まず僕が自宅のキーボードで細かくそれぞれの楽器まで弾き込んだデモテープ(書き下ろした譜面通りのもの)を完成させて、全員に事前に渡します。彼らはそれを本番までにしっかりと聴き込んで、完全にマスターした状態でスタジオに集まってくれます。ただ、僕が時々、現場で突拍子もないアイディアを出したり、とんでもない無茶振りをしたりすることもあるので(笑)、戦々恐々です。自覚としてはそこは僕もいい大人になったんだから、もう少し相手のことも考えようとリスペクトを払いながら責任を持って進めました。「これ、やってみる? やったことがないアプローチだけどごめんよ!」なんて言いながら、1秒1秒のセッションを楽しむように。
ーー打ち込み、生演奏、トリオと、手法は曲ごとに全く異なりますが、どの楽曲を聴いても大江千里ならではのキャッチーで切ないメロディが突き刺さってきます。ここに強い安心感を覚えるリスナーも多いと思います。
大江:1曲目はメモ書きの音みたいな「Fresh Edge(消しゴムの角)」から始まって、実はアルバムタイトルの『HOMEWORK』は、「ふたつの宿題」(1984年)とつながっていることを予感させていて、そこから「Rain Glass(雨の窓)」になる。『1234』(1988年)に収録の「Rain」はたくさんカバーもしてもらって、じゃあ僕が今、その続編を、ブルックリンの家の窓から、雨粒を数えながら書いたらどうなるのかなって。自分が思い込んでいる“大江千里のピアノはこうだ”っていう思い込みを一度面白がって書き出して、そこから新しい自分にしかないジャズの粒子が見えてくる。楽曲の根本的な構成(Aメロ、Bメロの展開など)や転調の美学には、僕がずっと影響を受け続けているセロニアス・モンクやマイルス・デイヴィス、エラ・フィッツジェラルドといったジャズの巨人たちの伝統的なアプローチ、そして自分自身のDNAにあるクラシックミュージックへの回帰が確かに息づいています。10代の頃から自分が培ってきたスキルやキャリアを、すべてパッチワークのように散りばめました。だから、聴いてくださる皆さんには、まるでなんでも揃う音の実験工房に迷い込んだような感覚で、だらだらと街を散歩しながら聴いてもらえたらいいなと思っています。



















