初めて触れたaikoのライブで確信した唯一無二の凄み 客席の一人ひとりと“人生”を確かめ合う幸福な時間

「嫌なことは床に全部垂れ流してください。あとで私たちみんなで掃除しますんで(笑)」
客席から大きな笑い声が起こる。aikoが最初のMCで話した言葉だ。
そして彼女はこう続けた。
「楽しいことでみちみちにして帰ってください」
aikoのライブを初めて鑑賞した。クオリティの高いエンターテインメントショーにして、これまで構築してきたファンとの関係性を提示するライブを観終わった後、自分の中にただただ幸福感が残った。いい音楽、いい歌声、そしてこれ以上ない観客との関係性。彼女のライブは、本当に幸せで“みちみち”だったのだ。
6月6日・7日、東京ガーデンシアターで開催されたaikoのライブツアー『aiko Live Tour「Love Like Pop vol.25」』東京公演初日。3時間半を超えて繰り広げられたライブ中に、冒頭の言葉をaikoは何度も口にした。冗談のようでいて、それはaikoの歴史、そして観客との関係性を象徴する言葉だったと思う。
『Love Like Pop vol.25』は、1月のJ:COMホール八王子公演からスタートした全国ホールツアーだ。全国19都市21会場37公演を巡る長い旅路は、6月30日の大阪・フェスティバルホール公演で千秋楽を迎えた。
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極上のポップミュージック、客席の一人ひとりと対話する温かなMC
東京ガーデンシアター公演は、ツアー終盤に差しかかったタイミングで開催された。長いツアーの中で磨き上げられてきたステージは、エンターテインメントとして完成度の高いショーでありながら、その日だけの特別な瞬間が幾多も存在していた。
開演前。まだ客席が明るい中、手拍子が広がっていく。そして暗転。ステージ前に降りた緞帳にスポットライトが当たるとツアーロゴが浮かび上がり、幕が上がる。ステージにはドラム、パーカッション、ギター2人、キーボード2人、ベース、そして3人のホーン隊。総勢10人の編成だ。ビッグバンドを彷彿とさせるスケール感、粒立った各楽器陣の音色が、極上のグッドメロディへ向かう。aikoがメロディを歌い出すと、楽曲の輝きがどんどん増していく。

「星の降る日に」からスタートしたライブ。オレンジに染まったステージで披露された「うん。」では、管楽器が奏でたメロディをaikoが歌声で追いかける。そんな掛け合いが実に鮮やかだった。楽器とボーカルが呼応するコール&レスポンスは、ブルースやソウル、ジャズではおなじみの手法だ。しかし、それをホーンとの対話としてここまで自然にポップスへ落とし込んでくるとは思わなかった。aikoがブラックミュージックをどれだけ深く血肉化してきたのか。そして、そのエッセンスを自分だけのポップミュージックへと変換する感性がどれほど優れているのか。その一端を目の当たりにし、思わず身震いした。

続く「れんげ畑」では〈むらさき〉という歌詞に合わせ、ステージが紫色に染まる。サビでカラフルなムービングライトが旋回した「Smooch!」で、aikoは歌いながらステージ中央からアリーナ席に伸びた花道へ。左手で客席を指さしながら、観客一人ひとりと目を合わせていく。視線の先を見ると、手を振る観客の姿。〈特別笑ったあなたの顔〉という歌詞が、耳の中に飛び込んでくる。ライブでおなじみの光景が、“aikoのライブの光景”に変わった瞬間だった。
「桃色」「透明ドロップ」「花風」「skirt」と、2000年代、2010年代、2020年代の楽曲をシームレスに繋いでいく。この並びには、今存在する曲、今歌いたい歌を目の前に出されているような感覚を覚えた。そこには、28年というキャリアよりも、現在進行形を提示し続けてきた日本屈指のメロディメイカーの現在地があったと思う。もちろん、バンド陣の力量もあったと思うが、デビュー前からメロディ、歌詞、そして歌に誠実に向き合ってきたaikoだから辿り着けた、それぞれの曲の現在地が見えた。

MCへ。客席のあちこちから、彼女の名前を叫ぶ声が聞こえる。その声に、知り合いへの挨拶のように返事をするaiko。「桃色」を口ずさんでいた男の子を見つけたと言い、その観客を探し出す。彼を見つけると、1対1で話し出した。男性は24歳。中学生の頃からaikoを聴いていたという。この会話を会場全体が楽しんでいたのが印象的だった。客席から「20年ぶりにライブに来た」「20歳の娘と来たーっ!」という絶叫の自己申告。「高校生もいるよー!」という声も上がる。aikoは丁寧に観客の言葉を拾いながら、会話を繰り広げていく。ライブのMCというより、aikoと観客が会話している時間だった。aikoのライブの名物のひとつに、観客との会話が挙げられることもあるが、不思議なのはこの時間が長くなればなるほど会場の熱気と一体感が増していったことだ。その理由は明快。aikoは、客席を観客として見ていない。そこにいる人たちの人生、そして自身の楽曲が、個々の人生の中で、どのように鳴っているかに興味を持っているのではなかろうか。
だからaikoは、客席にいる一人ひとりの表情を見ながら歌うのだ。その曲が、その人の人生の中でどう鳴ってきたのかを確かめるように。そして客席もまた、自分たちの人生がライブの一部になっていることを楽しんでいるのだと思う。
そして、バラード「三国駅」。バックのスクリーンに歌詞が映し出されていく。ただ言葉を出すのではなく、ワンフレーズごとにアプローチが変わる。滲む、流れる、言葉がまとまっていく、消えてまたすぐ出るなど、歌詞をひとつの映像作品として見せていた。個人的に最も印象深かったのは、少し前の歌詞のフレーズが、aikoが、今歌っている歌詞のバックに滲むように戻ってきたアプローチだ。その一画面だけで、ループする恋愛感情、叶わずに残った想い、歌で戻ってくる記憶など、本当に様々な感情と体験が、霧雨のように自分に降り注いだ。
























