lyrical school解散に寄せて ラップの導入にとどまらない功績、“アイドルを再設計”した15年間をつやちゃんが紐解く
今年4月に解散したlyrical schoolが、ベストアルバム『lyrical school 2010-2026』を6月3日にリリースした。tengal6期からLS6、LS5、LS8まで、レーベルの垣根を越えて集められた全33曲。代表曲の数々はもちろん、解散前最後の新曲と銘打たれていた「GOODBYE」や、メンバーから届いた手紙のような未発表曲「DAYONE」も収録されている。本作のリリースを機に、これまでのリリスクの活動を追い続け、4月19日に行われたラストライブ(『lyrical school tour 2026 “GOODBYE”』ファイナル)も目撃した文筆家・つやちゃんによる寄稿文を掲載。15年にわたる活動の中で、形を変えながらもリリスクが残したものは何だったのだろうか。(編集部)
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“ヒップホップ的思考”で押し広げたアイドルの枠組み
『lyrical school 2010-2026』を通して聴いていると、不思議な感覚に包まれました。ベストアルバムという形で、さまざまな記憶そのものを再生しているような気持ち。曲が流れるたびに、その時代ごとの空気、フロアの熱、笑ったMC、ライブハウスの匂いまでがよみがえってきます。
そして自然と、4月19日のLIQUIDROOMで行われたラストライブを思い出しました。リリスクという存在がシーンに残したものの大きさを繰り返し考え、ライブを観終えたあと、熱が冷めないまま、半ば衝動のように書き留めた文章があります。少し時間が経ち、ベストアルバムが世に放たれた今、その夜の記録をお届けしておきたいと思います。
2026年4月19日、予報では最高気温25度。4月中旬にしては暑く、天気は快晴。なんというリリスク日和だったことでしょう。強い陽射しに照らされながらLIQUIDROOMに到着すると、ソールドアウトの超満員。たくさんのお花がズラリと並び、会場ではアーティストやプロデューサー、その他業界関係者の方もたくさんお見かけしました。この注目度と熱気だけで、リリスクという存在の大きさは十分に伝わってきます。いよいよひとつの時代が終わってしまうのか――感慨にふけっていると、メンバーが出てきて、怒涛のパフォーマンスを繰り出し、熱いMCで会場の全員を泣かせ、最後は笑顔で帰っていきました。あっという間だった。またすぐに曲をリリースしてライブもするんだろう、そう思ってしまうほどに自然で、この日が解散ライブだなんて全く実感がなかった。何せ、15年も続いてきたグループです。アイドルシーンにおいて、このグループがいる景色はすでに日常のものとなっていました。
lyrical schoolは、記録よりも記憶に残るアイドルだと思います。なぜなら、ポップ史やアイドル史における功績がとても大きいからです。そんなことはもう界隈では皆が分かっていることで、改めて言うまでもない話ですが、きちんと歴史に残しておくためにも最後にまとめておきます。
リリスクの功績は、「アイドルにラップを導入したこと」だと語られます。今でこそラップを取り入れるグループは珍しくないですが、結成当時、それは明らかに異質な試みでした。ただ、より正確に言うなら、重要なのは「ラップを導入したこと」そのものではありません。むしろ、もっと広く「ヒップホップという思考を導入した」点にこそ、独自性がありました。
通常、ラップの導入はサウンドのバリエーションの拡張として機能します。Aメロは歌い、Bメロでラップを挿入する構成によってキャッチーさを対比的に強化したり、楽曲にアクセントを加えたりする役割です。いわば装飾や演出としての導入と言えるでしょう。しかしリリスクが果たしたのは、それだけにとどまらなかった。いわば、ラップの背後にあるヒップホップ的思考――自己言及、都市感覚、引用、リズムによる身体感覚――を、グループの設計や楽曲の構造そのものに組み込んでいった点がユニークだったのです。
まず、曲の中で、自分たちの立場やシーンとの関係を語る自己言及。たとえば「PRIDE」で歌われたライミングと意思表示は、明確に彼女たちの姿を重ねて聴くことができましたし、その熱は「OK!」や「Ultimate Anthem」などのライブの定番曲へと引き継がれていきました。そして、都市や日常の空気をそのまま持ち込む感覚。アルバム『guidebook』(2016年)のコンセプトからはじまり、「DRIVE ME CRAZY」といったアンセムに至るまで、リリスクの作品からはどこかストリートの空気が感じられました。さらに、他ジャンル/カルチャーとの接続を示す引用。これは、ラップミュージックを出発点としながら多様なビートを乗りこなす第二期「LS5」や第三期「LS8」へと進むにつれて強まった要素でしょう。
これらは単なる楽曲上の工夫に限定されない、表現の前提そのものを規定する態度です。ラップが“音のスタイル”を指すのに対し、ヒップホップはその背後にある“思考”を指す。リリスクは、後者まで含めて導入していたように思います。
こうした違いは、一見すると細かなニュアンスの差に見えるかもしれません。しかし実際には、決定的な意味を持っています。ラップが単なる手法にとどまるなら、それは流行とともに置き換え可能だからです。しかしヒップホップ的思考を取り込む場合、何を語るのか、どのように語るのか、自分たちをどこに位置づけるのかといった、表現の設計そのものが変化します。したがってリリスクは、ラップを用いたアイドルというよりも、ヒップホップ的な発想によって“アイドルを再設計した”グループと捉えるべきです。
もちろん、それをもって「リリスクはヒップホップだ」と単純化したラベリングをしたいわけではありません。むしろ注目すべきは、その方法論が、アイドルにおける楽曲の位置づけを大きく押し広げた点にあります。従来のアイドルにおいて、グループの個性や立ち位置は、あらかじめ外部で設計されたプロフィールやコンセプトによって提示されることが多く、楽曲はそれを補強する役割を担う意味合いが強かった。しかしリリスクの場合、楽曲は単なる装飾ではなく、グループの現在地やスタンスを具体的に示す重要な手段として機能していきます。ラップによる自己言及は立ち位置を言語化し、都市感覚は時間や場所のリアリティを持ち込み、引用は接続する文化圏を示す。そうした積み重ねによって、楽曲を通してグループ像が立ち上がっていく比重が、次第に大きくなっていきました。
このあり方は、いわゆる“楽曲派”と呼ばれてきた潮流の中でも、ひとつの到達点だったと言えるでしょう。単に良い曲を歌うという意味ではなく、楽曲そのものが表現の中核を担い、そこに思想や文脈までも織り込んでいく。その徹底が、リリスクの独自性を形作っていました。言い換えれば、リリスクは「楽曲を中心にグループを立ち上げていく」度合いを極限まで高めていったのです。その結果、グループは固定されたキャラクターをなぞる存在というよりも、作品ごとに輪郭を更新していく存在へと変化していきました。その延長線上で、次第にクリエイティブユニット的な性格が強まっていったのだと思います。
2023年以降の男女混成メンバー「LS8」はまさにその象徴で、DJや写真、文筆など各々が特技や関心を活かしながら自由に活動を展開していく姿が印象的でした。第二期の「LS5」においても、後期になるにつれてその傾向は強まっていたように思います。クリエイティブユニットとしての自律性が高まるほど、従来のアイドルグループの枠組みからはみ出していく。それは、この方法論を突き詰めた先に現れた、ごく当然の帰結だったのではないでしょうか。
こうして見ると、リリスクの功績は、数値的な成功に還元できるものでないことは明らかです。むしろ、“ラップ×アイドル”という試みの定着や、楽曲を中心に据えた評価軸の浸透、さらにはアイドルの自己定義のあり方そのものの変化といったかたちで、シーンの前提条件を書き換える方向に作用していきました。その影響は、現在のオルタナティブなアイドル群の隆盛や、ラップ的感性を自然に取り込むグループの広がりを見れば分かるでしょう。