嵐 全史(中編):冠バラエティの大好況、メンバー主演ドラマ主題歌の連続ヒット……正真正銘の“国民的アイドル”へ
嵐と『紅白』の歴史
そして、嵐とテレビの関係をより緊密なものにしたのは、『NHK紅白歌合戦』(NHK総合/以下、『紅白』)だろう。初出場は、デビュー10周年を迎えた2009年のことだった。
以前からの人気を考えれば遅すぎるくらいだが、そこには事務所が大晦日恒例にしていた事務所のカウントダウンライブとの兼ね合いなどもあった。
実際、2009年は同カウントダウンライブの司会も務め、『紅白』出演のあと、再びカウントダウンライブに戻るという強行スケジュール。その移動中に渋滞に巻き込まれ、メンバーが車を降りて会場の東京ドームまで全力疾走したというエピソードも残されている。
『紅白』初ステージでは、「嵐×紅白スペシャルメドレー」と題し、「A・RA・SHI」、「Love so sweet」、「Happiness」、「Believe」の4曲を披露。初出場としては、破格の待遇だった。その後、2014年には初の白組トリ、最終的に2019年まで計4回トリ(そのうち大トリが3回)を務めた。
また2回目の出場となる2010年には、全員で白組司会を担当。グループが司会を務めるのは『紅白』史上初のことだった。このかたちは2014年まで5年連続、その後相葉、二宮、櫻井が個人でも白組司会になるなど、2010年代はほぼ嵐とそのメンバーが司会を務めた。
さらに2010年に『紅白』の特別企画として制作された楽曲「ふるさと」を何度か歌ったことも忘れがたい。たとえば、東日本大震災が発生した2011年の『紅白』では、福島県の中学校で被災し、修理してよみがえったピアノを櫻井が弾き、嵐と出場歌手で「ふるさと」を歌ったことがあった。嵐というアイドルが、大きな災害などさまざまな苦境に置かれた人々に寄り添う存在であったことを象徴する場面のひとつである。
正真正銘の“国民的アイドル”へ
このように、2010年代の『紅白』は嵐を中心に回っていたと言っても過言ではない。事務所の先輩にあたるSMAPも、1990年代から解散する2010年代半ばまで同様の役割を担っていたが、それを引き継ぐかたちになった。
昭和時代に比べれば視聴率が下がったとはいえ、依然として注目度は抜群に高く、テレビを象徴する番組が『紅白』であることは今も変わりない。計12回出場し、2019年と2020年には『東京2020 夏季オリンピック・パラリンピック』のNHKテーマソングになった「カイト」を披露するなど、嵐が『紅白』で示し続けた格別の存在感は、彼らが紛れもなく“国民的アイドル”であることを物語っていた。
だが、最後の出演となった2020年は、コロナ禍が始まった年。『紅白』も現行の方式では初の無観客開催となった。
嵐は、このとき東京ドームから生中継で出演。コロナ禍を受けての生配信ライブ『This is 嵐 LIVE 2020.12.31』の会場からだった。そして実は、このライブをもって嵐は活動休止に入ることになっていた。結成/デビューから、およそ21年後のことだった。




























