ペルピンズ、歌声で紡いだ5年の日々と感謝 COLOR CREATION活動休止以降も走り続けた現在地

 ペルー×日本のハーフRIOSKEと、フィリピン×日本のハーフKAZからなるペルピンズ。もともとCOLOR CREATIONとして活動していた二人が、同グループの活動休止をきっかけにスタートしたボーカルユニットだ。2021年に始動し、TikTokを中心に急速に注目を集め、SNS総フォロワー100万人を突破。その確かな歌唱力は多くのリスナーの心を掴んでいる。

 彼らは今年5周年を迎え、約2年半振りとなるアルバム『#2』をリリース。そこに込められているのは5年間を支えてくれたファンへの感謝だ。コンスタントに楽曲リリースを行い、毎週末に全国各地に赴き、フリーライブでその歌声と感謝を届けるーー彼らが5年で築いたもの、音楽を通して届ける想いを聞いた。(編集部)

「みんなが楽しんでくれる場所を作っていきたい」(KAZ)

ーーペルピンズは3月に結成5周年を迎えましたが、5周年を迎えた率直な感想を教えてください。

KAZ:あっという間でした。例えば、毎年シングルを何枚か出してアルバムを1枚出して、というルーティーンを繰り返している5年間だったら歴史を振り返りやすいんでしょうけど、ペルピンズは違う。最初はTikTokとYouTubeを中心した活動をしていて、2023年に1stアルバム『#1』を出してからはインフルエンサーとアーティストの2軸での活動をして。その後、テレビに出るようになってさらにタレントとしての活動も増えてきた。マルチにいろんなことをやっちゃったもんだから(笑)、1日1日、一年一年が新鮮であっという間に過ぎちゃったという感じですね。

RIOSKE:新しいこと、思いもよらないことがたくさんありすぎて、自分たちの中でもわけがわからないまま駆け抜けてきたというイメージです。

ーー結成当初、5年後にこうなる未来というのは想像していましたか?

KAZ:いや。そもそも僕らは目標を持って始めたユニットじゃなかったから。コロナ禍でライブもできなかったから、とりあえず今できることはなんだろうと考えてTikTokを始めることにして。そしたら1年でフォロワーが何十万人にもなって、ライブ活動をし始めたという感じで。「音楽活動をする」というざっくりとした軸は持っていましたけど、細かい目標は決めず、世間という船に乗っていたら、いろんな景色を見させてもらえたというのが僕らの今の気持ちなんですよ。「CDが何枚売れなきゃいけない」とか「武道館にいかなきゃいけない」とか「オリコンランキングがどう」とかそういう数字の目標にとらわれずに、出会いやご縁を大切にしていたら、自ずと素敵な人生になっていった。でも具体的な目標を決めなかったもんだから、本当に何屋さんかわからなくなっちゃって(笑)。

RIOSKE:何でもありです!

KAZ:でもね、たぶん、決めたほうがいいと思います。今、すごく忙しいので(笑)。

ーーそうですよね(笑)。

KAZ:そんな僕たちですが、今はライブ活動が超楽しくて。あっ、でもこの話を始めると、インタビューの締めになっちゃうか……。

ーーいや、大丈夫ですよ。視点が常にプロデューサーなんですね。

KAZ:すぐ考えちゃうんです(笑)。じゃあしゃべっちゃいますね。今はライブを含めてアーティスト活動が楽しいから、SNSを駆使した活動よりも、曲もいっぱい出して、ファンクラブも始めて、ライブで全国を回るという活動を中心にしています。今は毎週土日にフリーライブをやっているんです。だから今年はあと96公演あるんですけど。

ーー96公演!? 休みと考えると「今年あと96日しか土日祝がないの!?」と思いますが、逆にペルピンズはあと96日もライブをすると考えると、大変ですよね。

KAZ:いや、僕ら的には「他にも行きたいところあるのに」っていう気持ちで。

RIOSKE:最近は土日じゃ足りないから平日もやろうかって話もしています。

KAZ:ペルピンズには、TikTokやYouTubeといったいわゆるデジタルで成功したという印象があると思うんです。だからそのまま曲でバズらせて、踊ってみて、みたいなことをするほうが早いのかもしれないんですけど、いつもの土日にたまたショッピングモールに来たらペルピンズがライブをしていて、素敵な言葉と歌を聞いて、超素敵な日になったなって思ってもらえるあの瞬間が、僕ら的にはめちゃめちゃ価値があって。だからフォロワーを増やすことよりも、直接歌を届けられる、みんなが楽しんでくれる場所を作っていきたいというのが、ペルピンズ5周年の現在地です。

KAZ
RIOSKE

ーー5年間いろんなことをやってきたうえで、一番やりたいことが直接歌を届けるということだったんですね。

KAZ:そう! そういうこと!

RIOSKE:今まで応援してくれた皆さんに感謝の気持ちと共に3月に出したアルバム『#2』を届けていきたいということから全国を回ることに決めたので。

KAZ:ペルピンズ元々はCOLOR CREATIONというグループで活動していたので、昔から応援してくれている人もたくさんもいる。だから早く全国の応援してくれている人たちのところに行きたかったけど、全国でのシッピングモールでのライブに呼んでもらうには、SNSを使ってまずはペルピンズを広めることが必要だった。そうしているうちにSNSやテレビでペルピンズのことを知ってくれた方も増えて。だから5周年の節目の今年、アルバムを持って改めて全国のあなたのもとにいく、という意味で今回っているんです。

ーー実際にライブで全国を回ってみていかがですか?

KAZ:SNSでたくさん見てもらえる背景には、こういう人たちがいるんだなっていうのをやっと認識できました。

ーー数字じゃなくて。

KAZ:そう。例えばYouTubeで10万回再生いかないと「ああ、バズらなかったな」って思うし、9万再生と10万再生ってちょっとの差に感じてしまうんですけど、その間には1万人もいるんですよね。ライブで全国を回ると、「これだけたくさんの人が見てくれているんだよな」ということに気づける。「10万再生行かなかった」ではなくて「今ここで聞いてくれている人を大事にしたい」ってそう思えます。

RIOSKE:僕たちはSNSでのカバー曲をたくさん発信してきて、それをきっかけに知ってもらえることが多かったから、ライブでもカバー曲をよく歌うんですけど、アルバムの曲を歌ったときに「新曲良かった」って言ってもらえることもあって。そういうときに、自分たちの思いや歌がしっかりとみんなに届いているなと感じてやりがいや幸せな気持ちになります。

KAZ:もちろんカバー曲で立ち止まってもらえるだけでも幸せなんですけど、さらにオリジナル曲も受け入れてもらえる喜びが、ライブを楽しいと感じているところにつながっているのかなと思います。オリジナル曲は自分たちが今思っていることや、経験してきた感情を曲にして歌っているので、それを手紙として受け取ってくださる感覚なんですよね。特に「#2」では5年間で見つけた僕らの思いが綴られているので、それを受け取ってもらえるのがすごくうれしいです。

ーーここからはもう少しお二人について掘り下げていきたいと思います。『#2』収録の「By Your Side」に〈諦めかけた夜もあったけど〉という歌詞がありますが、お二人も実際に歌や音楽への夢を諦めそうになったことがあるのでしょうか?

KAZ:この曲は僕が書いたので、この曲を書くに至った経験を話しますね。僕は2020年に心臓の病気が見つかったんです。不整脈で心臓が止まってしまって、入院したら不治の病だった。対処法としては、ICDという機器を体に入れるしかないのですが、機器は7~8年に一度新しくしなくてはいけないし、入れたら電波の影響でライブもできなくなってしまうので、ICDを入れるとアーティスト活動はほぼ無理なんです。だからすごく悩みましたが、結果的にICDは入れませんでした。治療法がICDを入れるしかないから、正直いつ死ぬかわからない。だけど、僕はアーティストでいる道を選んだ。音楽せずに生きるより、音楽で何かを残して死ぬほうがいいと思ったから。もしペルピンズがなくなったとしても、僕が死んだりしても、聴いた人の心の中に寄り添えたらいいなと思って「By Your Side」という歌詞を書きました。

RIOSKE:僕は歌を始めたいと思ったときに、自分がハーフであることで見た目にもコンプレックスがあったし、日本の文化的にハーフが認められる気がしなくて自信がなかったんです。だけどその話をお母さんに相談したときに、お母さんは貧しくて自分の夢をあきらめて家族のために働いていたから「RIOSKEにはママの分まで頑張ってほしい」という話をしてもらって。そのときに、やっぱり頑張ってみようかなと思って専門学校に入って、自分の夢の道が始まりました。

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