Mr.Children『産声』に至る、桜井和寿の変化とは “安定と情熱”をキーワードに紐解く今のモード

 Mr.Childrenはこれまで、私たちの背中を押し、日常のなかの幸せに気づかせてくれるような、数々の名曲を生み出してきた。〈高ければ高い壁の方が 登った時気持ちいいもんな〉(「終わりなき旅」)や、〈愛、自由、希望、夢 (勇気)/足元をごらんよきっと転がってるさ〉(「名もなき詩」)などに象徴されるその楽曲群は、彼らのあたたかな人柄と相まり、Mr.Childrenは月か太陽でいえば、太陽のようなバンドだと思う人も多いかもしれない。しかし、その中心にいる桜井和寿の内面には、もうひとつの側面――いわば“月”の引力が常に働いているように思う。

「生きてることは苦しみなんだという、仏教に近い考え方が自分のベースにある」

 『EIGHT-JAM』(テレビ朝日系)でのインタビューで、桜井はこう語った。現に最新アルバム『産声』には「空也上人」という曲が収録され、本アルバムの歌詞には仏教的心理である“一切皆苦”にも通ずる、虚無や無常観が通奏低音のように感じられる。生の肯定と同時に、逃れがたい苦しみ、死への自覚。この“対立”こそが、桜井という人間の核心であるように思う。最新作『産声』に至るまでの道のりは、この“月”の側面と向き合い、再び光のなかへと這い出してくる軌跡である。

 前作『miss you』から『産声』への道のりについて桜井は、「産道を通って眩い光のなかに出てきた感じ」(spotify「Liner Voice+」)と形容する。『miss you』は、自らの内側へと深く潜っていく、剥き出しの独白であった。桜井自身もこの時期を振り返り「産道は居心地良くもあったが、窮屈すぎた」と語っている。

 その反動として産まれたのが、最新作『産声』である。本作は、声をあげ、一切の憂鬱を吹き飛ばすような、生々しい“生”を感じさせる「キングスネークの憂鬱」に始まり、死や残された者を想う「家族」で幕を閉じる。“生”に始まり“死”で終わる構成を、タイトル曲「産声」が“輪廻転生”という形で束ねてゆく。アルバムを通して人生という物語を読み終え、再び日常のなかに新たな生=産声を上げようという循環が、ここにはある。

『産声』にも表れるMr.Childrenの真髄

 筆者はかねてより、Mr.Childrenの真髄を「“対立”をポップスへと昇華する点」にあると考えてきたが、本作はその構造をより重層的に提示している。

 ひとつは、描かれるテーマそのものに潜む対立だ。閉塞と解放、過去と未来、そして生と死。相反するふたつの極が、アルバムのなかに同居している。桜井は以前から「いろんな角度から見ることで物事が立体的に見える」(『ZIP!』/日本テレビ系)という考えを持っており、それが反映されているのかもしれない。

 そしてもうひとつは、“表現形式”における対立である。サウンドは開放的で、ブラスが多用されるなど祝祭感に満ちたポップネスを帯びているが、その“太陽”のような響きの内側には、孤独、空虚、喪失、疲労といった“月”の感情が渦巻いている。

〈期待しない方が利口です/明るくない将来はお見通し〉(「Again」)

〈汗水流しながら/懸命に働いても/期待した見返りを手にすることはなくても…〉(「Saturday」)

 執着や期待を手放すことで苦しみから距離を置こうとする、切実な“諦念”を、極上のポップソングとして鳴らす。実にMr.Childrenらしいアルバムとなっている。

Mr.Children「Again」Lyric Video
Mr.Children「Saturday」MUSIC VIDEO

今の桜井和寿を映し出すキーワード

 本作において、桜井の描く孤独は『miss you』に引き続き、深いものを感じる。「平熱」では、かつてともに駆けてきたはずの〈君〉さえ違う宇宙にいるようであり、さらに「Nowhere Man 〜喝采が聞こえる」では、〈170cmと36.5℃の体温で/きっと 一生 ずっと/彷徨うNowhere Man〉と、一生孤独であると悲嘆する。

 しかしその平熱の底に、かつての情熱を回顧する言葉が多く見られるのも、本作で印象的であった。「Stupid hero」では、〈「いつか成し遂げてみせる」と/若かりし日々の必死の一歩を/スピードを/たまにふっと思い出すんだよ〉、「Nowhere Man 〜喝采が聞こえる」にも〈喝采が聞こえる/あの日塞がれた穴から/ぎゅっと耳を押し付けると/微かに響いてるよ〉とあり、「枯れない情熱への未練」と「平熱で安定した現実」という、やはり相反するような描写がアルバム全体を通して同居し続けている。

 数々の対立が描かれている本作のなかでも、とりわけこの“安定”と“情熱”の同居こそが、現在のMr.Children、ひいては桜井のモードを紐解く鍵であると筆者は考えている。

 アルバムの最終曲「家族」は、このような桜井のマインドを象徴する楽曲と言えるだろう。

〈欲張るのは罪だって常に思っている/変な高望みもしたくはない/それでもこの安定の中で生きていると/きっと死ぬ日も近い〉ーーここにあるのは、幸福な安定への違和感と、死への接近である。そしてこの曲のラストで描かれる対比が、今の彼の現在地を物語る。〈その命の強さに打たれながら/僕は声を張り上げてる〉〈君は穏やかに笑ってる〉ーー「君(安定)」が穏やかに笑う傍らで、「僕(情熱)」は声を張り上げる。やはりこの“安定”と“情熱”の同居こそが、今の桜井の状態なのだろう。

 ドラマ主題歌で話題となった「Again」についても桜井は『Skyrocket Company』(TOKYO FM)で、頑張った先に光があるということがイメージしにくくなった時代、年齢であると述べたうえで、「光を掴むことより、苦しくても繰り返していこうと思った、そのエネルギーこそが希望。何かを手にできないから苦しいなら、最初から思わなければ良い。日常への愛おしさを今は見出したい」と話した。かつて「HERO」で〈そうこうして繰り返していくことが/嬉しい 愛しい〉と歌いつつ、〈ずっとヒーローでありたい〉と未来を志向した彼は今、こう話す。

 「昨日より素敵な今日とか、今日より素晴らしい明日を描こうとは思っていない。でも今日を生きている、それだけで意味があるんじゃないかと感じられたときに、胸の中に新たな産声が聞こえてくるのでは」(『めざましテレビ』/フジテレビ系)。繰り返す毎日のなかで、見方を変え、そこから立ち上がる希望を掬い上げたとき、人は再び「産声」を上げるのだという、現代へのメッセージである。

 『産声』では希望を“遠くの光”に探すのではなく、期待を手放したあとに残る“繰り返される今日”のなかに見出す。〈だからこの魂が曇らぬうちに/もっと眩い光を放ちたい〉(『Glastonbury』)ーーその“情熱”を胸に、“安定”のなかで光を放ち、生を讃える。この複雑で、しかし極めて切実な「産声」は、同じ時代を生きる私たちの心に深く届く。

 デビュー30周年の年(2022年)に、『半世紀へのエントランス』と銘打ったツアーについて「51歳になったときに、なぜか『ここからまた始めるんだ』という気持ちになって」とコメントしていたことについて、現在の心境を問われると「いい曲ができると『これであと2年やれる』と思うし、ちょっと声の調子が悪ければ、明日にでも辞めたいと思う(笑)。そういうことを繰り返しながらやってますね、今は」(※1)と語った桜井。まさに彼の“安定”と“情熱”の同居の心境がうかがわれる言葉である。

 桜井は現在50代であるが、人生100年時代、筆者は医師のひとりとして、50代はまだまだこれから! と感じる。我々ミスチルリスナーは、新作発表やツアー決定のたびに歓喜する。彼らの音楽に生かされている人が、日本中に数多くいるのだ。是非これからも“情熱”の声を上げ続けてほしい。そして桜井和寿の、Mr.Childrenの現在地を、ライブでこの目で確かめに行きたい。新たな“生”を祝う、産声を聴きに。

※1:https://natalie.mu/music/pp/mrchildren03/page/3

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