“間違った教育”が生んだ至高の才能 シンガーソングライター・KeNN、ルーツを音楽へと昇華させる自らの証明

北海道遠軽町出身のシンガーソングライター、KeNN。自らDTMでトラックメイキングをし、メロディを書き、楽器を弾き、そして美しい歌を響かせる。ライブではダンスやアクロバットも披露するという、マルチな才能の持ち主だ。そんな彼が昨年5月のデビューからまもなく1年、初のEPを完成させた。
そのタイトルは『From Miseducation』、日本語に訳するなら“間違った教育から生まれた”という意味だ。DJをする両親のもとで早くから数々の音楽を聴いてのめり込んでいった彼は、世間一般的な価値観からすれば少しずれていたかもしれない。そんな環境で育んだ能力と感覚を自分自身の音楽という形で昇華させて生まれた全8曲。ここにはKeNNという人間のこれまで生きてきた日々、そしてその中で培ってきたものすべてが注がれている。もちろんその圧倒的な才能はまだわずかな片鱗を覗かせたばかり。ここから彼の音楽がどんなふうに広がっていくのか、楽しみにしたいと思う。リアルサウンド初のインタビューで、ここまで彼がどのように歩んできたのかを語ってもらった。(小川智宏)
英語教師の夢から音楽の道へ、“目立ちたがりな少年”が見たスターの姿
――デビューからまだ1年経たないくらいですが、ここまでの活動を自分自身で振り返ってどうですか?
KeNN:自分が真剣に音楽をやろうと思ったのが大学を卒業する直前ぐらいで、そこから東京に来て活動しているんですけど、オリジナル曲もこんなにたくさん出せるとは思っていなくて。今回EPも出させてもらったり、海外でも何度かライブをさせてもらったりして、自分が思っていたよりは順風満帆に進んできている感じはあります。ありがたいですね。
――じゃあ、本気で音楽の道に進もうという決断からはそんなに時間が経っているわけではないんですね。
KeNN:そうですね。それまで札幌で4年間、英語専攻の大学に通ってたんですけど、その時までは英語の先生になりたかったんです。でも大学中盤ぐらいから先生と音楽を天秤にかけ始めて。
――高校生の頃からYouTubeにカバー動画を上げていたということは、音楽自体に対する興味はあったわけですよね。それはご両親の影響というのが大きかったそうですね。
KeNN:はい。母親がHIPHOPやR&BのDJで、父親は地元でラップのクルーみたいなのを組んでいたみたいで、DJも自分たちでやるし、ラップもするしっていう。それで自分たちでCDを作って友達に配るみたいなことをやってたんです。だから家に小さいDJブースみたいなのがあって、仲間たちが集まってお酒とか飲みながら音楽を爆音で流して。一軒家で、田舎だったから他に家も周りにないから、大きい音が出せたんですよ。で、自分はゆりかごがそのスピーカーの前に置かれていて、そこで寝てたっていう(笑)。
――では、KeNNさんの音楽的な原体験としては、やっぱりHIPHOPやR&Bが大きかった?
KeNN:一番下にあるルーツは全部それですね。自分の意志で本当に好きになったアーティストは、小学生の時に好きになったジャスティン・ビーバーなんですけど、そのさらに根底にあるのは、お腹の中にいる時から聴かされてたブラックミュージックなんだと思います。

――ちなみに、小学生の時にジャスティン・ビーバーにハマったきっかけは何だったんですか?
KeNN:彼の最初のアルバム(2010年の『My World 2.0』)を、母親が車の中で流してたのを聴いて、自分なりに衝撃を受けたんだと思います。それで、ドキュメンタリーのDVDみたいなものを借りてきて母親と一緒に観てたんですけど、ジャスティンがデビューする前に路上で歌ってるのを観て子どもながらに感銘を受けて、「こんなスターに自分もなりたいな」って思ったんです。マイケル・ジャクソンとかスティーヴィー・ワンダーとかもすごい好きだったけど、ジャスティンは自分に歳が近かったし、それなのに第一線でやってるっていうのを小学生の頃からずっとすごいなと感じていて。自分の目立ちたがりな性格もあって、漠然とああなりたいと思っていたんだと思います。
――現実的には大学で英語を勉強して英語教師を目指す一方で、もっと遡ると、本当はアーティストやエンターテイナーになりたいという意思があったということですね。そして、高校生の頃からカバー動画を上げ始めるわけですけど、その選曲がおもしろいですよね。J-POPもあればバンドものもあったり、あるいはそれこそ松田聖子や玉置浩二のような歌謡曲もあって。ああいう幅広い興味はどこから生まれてきたんですか?
KeNN:両親だけじゃなくて、おじいちゃんとおばあちゃんも音楽がすごい好きだったんです。コーラス部みたいなところに入ったり、弾き語りをしたりするようなおじいちゃんなんですけど。祖父母は製麺屋を営んでたんですけど、そこでラジオで流してる曲を聴いたり。あと、おじいちゃんと一緒に釣りに行ったり山菜を取りに行ったりっていう時間もあって、そういう時にはおじいちゃんのプレイリストを聴いてたので、幅広い音楽が自然と入ってきたんだと思います。




















