矢野顕子が「LIFETIME BASEBALL」に込めた人生の8回裏 SCOOBIE DO・MOBYが引き出す“野球と音楽”

 ソロデビュー50周年を迎える矢野顕子が、今夏にリリース予定のニューアルバムから新曲「LIFETIME BASEBALL」を先行配信した。これまでにも「行け柳田」(『いろはにこんぺいとう』収録/1977年)や「野球が好きだ」(『Soft Landing』収録/2017年)など、野球にまつわる楽曲を発表してきた矢野。今回、SCOOBIE DOのドラマーにして、MLB解説者としてもキャリアを重ねるオカモト"MOBY"タクヤによる、現在矢野が在住しているニューヨークと東京を結ぶリモートインタビューが実現。著書『ベースボール・イズ・ミュージック! 音楽からはじまるメジャーリーグ入門』(左右社)が選手やミュージシャンからも称賛を集める、音楽と野球を繋ぐドラマー・MOBYが矢野顕子に聞く、野球のこと、音楽のこと。1970年代の「行け柳田」から最新作まで、マニアックな野球知識と音楽的分析が響き合う濃密なロングインタビューをお届けする。(編集部)

義父のラジオから始まった「行け柳田」、周囲に溢れていたジャイアンツ愛

オカモト"MOBY"タクヤ(以下、MOBY):まず今回、なぜ僕にインタビューの話が回ってきたかといいますと、ここ10年近くはバンドの活動と並行して、メジャーリーグの解説も日本国内でやっておりまして、昨シーズンは70試合くらい担当しております。メジャーリーグと音楽についての著書も出版しておりまして、今回お話しさせていただき光栄です。

矢野顕子(以下、矢野): へー、すごい! でも私、野球の話はほとんどできないと思いますよ(笑)。

MOBY:いやいや、今回の新曲が「LIFETIME BASEBALL」ということで、3曲目の野球ソングということになるんですよね?

矢野:え、そうなの? 「行け柳田」はそうだけど……あ、糸井のやつね!(「野球が好きだ」作詞:糸井重里)

野球が好きだ

MOBY:あと、直接ではないですがNHK銀河テレビ小説『夏草の輝き』という高校野球をテーマにしたドラマで音楽を担当されて、その主題歌が「HELLO THERE」でした。

矢野:あら、そうでしたか。

MOBY:野球を初めて意識したのはいつ頃になるんですか?

矢野:家でスポーツの話題といえば、両親がしていたゴルフしかなくって。野球を初めて意識したのは中学校の頃、甲子園で地元・青森の三沢高校が劇的な試合をやった時ですね。太田幸司さんが学校では大きな話題で。アイドルが少なかった時代ですから。たしか青森の高校で初めて決勝戦に行ったのでしたよね?

MOBY:1969年、松山商業との延長18回引き分け再試合ですね。大フィーバーだったというのは聞いております。その後、青山学院に進学して東京に住み始めてからは?

矢野:朝から晩まで、「学校の勉強はどうしちゃったの?」というくらいピアノや音楽のことだけをやって過ごしていて、高校1年生の頃から、横浜とか他の学校の子と交流が始まったり、青学の先輩にジャズクラブに連れて行ってもらって、人脈が一気に広がっていったんですね。でも、その人たちが野球と結びつくことはまったくなかったですね(笑)。最初の結婚をした時のお義父さんは会社が終わると孫へのお土産を買ってまっすぐ家に帰り、まずラジオをつけてテレビの野球中継が始まるのを待つという習慣があったんです。孫の相手をしつつビールを飲みながら中継を聴いていて、それで私も「野球の打順っていうのはその日に決まるんだ」とか、そういうことが少しずつわかってきたんです。熱烈な巨人ファン。野球のチームといったら巨人一択で、セ・リーグとかパ・リーグっていうのも後から知りましたね。

矢野顕子

MOBY:おー、「行け柳田」はラジオを点けるところから始まりますもんね。お義父さんの影響だったんですね!

矢野:そのままを書きました。

MOBY:林立夫さんのドラムも印象的で、1stアルバム『JAPANESE GIRL』に参加しているLittle Featもああいったリズムを使ったり、いわゆるニューオーリンズファンクのマナーかと思います。それも踏まえて、野球=ベースボール、つまりはジャパニーズガールからの視点でアメリカが見えていたからこそ、あんな曲になったのでしょうか?

矢野:まったく関係ないと思います。考えすぎです(笑)。バンドで人脈が広がって、ティンパン、林立夫や小原礼も、まわりがみんな巨人ファンで、実際にプレーはしないんだけれども、ものすごく好きだったんですよ。スタジオでも、終わった後に食事や飲みに行っても野球の話ばかりで、そこのお店のオーナーも巨人ファン。ジャイアンツの試合結果によって演奏の出来が変わるほどの影響を受けていましたね。“ポロリ事件”というのがあって、末次(利光)選手が落球した時の、みんなのがっかりした感じとか、今でも覚えています。話題についていくとかではなく、その中に自分も巻き込まれていたという印象ですね。その中で「行け柳田」ができました。

行け 柳田

MOBY:その距離感は、先ほどのお義父さまの話とも重なりますね。

矢野:そうなんです。職場でもジャイアンツ、家に帰ってもジャイアンツでした。

MOBY:身近にあったことを歌った、という感じなんですね。

矢野:本当にそうですね。ですから、途中に登場する打順も、当時のジャイアンツの黄金のラインナップですし。

MOBY:6番の柳田が主人公というのが最高です。1979年のライブアルバム『東京は夜の7時』では、大洋ホエールズから移籍したジョン・シピンが登場していたりラインナップが変わっています。

矢野:そうでした。

MOBY:歌詞によって年代がわかるのもベースボールならではだと思います。

矢野:そうですね。もう何年も経ってから、『さとがえるコンサート』でこの曲を演奏しようとなった時に、NHKホールに柳田さん本人をご招待したんです。若いお客さんの中には福岡ソフトバンクホークスの柳田(悠岐)選手と間違えている方もいましたね。

MOBY:僕はマムシ(柳田選手の愛称)の現役をギリギリ見ていまして、演歌歌手デビューもされていて、そこも含めていい引き、矢野さんのセレクトが素晴らしいと感じます。

矢野:あははは、ありがとうございます。

オカモト"MOBY"タクヤ

「最近は、野球見てないのよ……。今はアイスホッケーを見ているんです」

MOBY:矢野さんはニューヨーク在住ということで、ヤンキー・スタジアムやシティ・フィールドには今も行かれるんですか?

矢野:最後に行ったのは、まだイチローさんがいた頃かな? 大谷翔平さんが試合でニューヨークに来るという時も行きたかったのだけど、スケジュールが合わなくって。

MOBY:石川さゆりさんとフィラデルフィアまでイチロー選手を見に行ったと、日本のスポーツ新聞の記事になっていたのを見たことがあります。

矢野:さゆりさんがイチロー選手と親しいので、「3000本安打がいつ出るか?」みたいな頃に「行こうよ」という話になって。2人でニューヨークから電車に乗って行きました。その時にNHKの中継のカメラに映っていたんですね。そんなことは知らずにどうでもいい格好をしてたんですが(笑)、翌日の2試合目は「じゃあ着物でも着ちゃう?」なんて言ったりしながら楽しい思いをさせてもらいましたね。

MOBY:フィラデルフィアもそうだと思うんですが、アメリカのボールパークで、試合中にオルガン演奏を聴かれたことがあると思います。もしご自身が、たとえば専門ではないかもしれませんがオルガンで、あるいは専門のピアノで、どういうシチュエーションでどんな曲を弾くか、パッと浮かんだことを教えてもらえますか?

矢野:みんなの気持ちを盛り立てるものだと思うので、みんなが知っている曲で気持ちを鼓舞するような、たとえば『スター・ウォーズ』とか、ジョン・ウィリアムズみたいな曲、『ジュラシック・パーク』とかそういうのがいいかなあ。で、ピンチの時、沈んでいるような時には、ボサノヴァみたいなもので気持ちを和らげてあげようかなと思います。

MOBY:あー、いいですね! それは日本でもいいかもしれない。もしご自身が選手でしたら、投手としてマウンドに上がる時、打者として打席に立つ時、どの曲を登場曲(Walk Up Song)にしたいですか?

矢野:1960年代から70年代にかけてよく聴いていて、今でも聴いているアメリカ西海岸のグループ The Associationの「Windy」。気分がパッと上がるので。

Windy (Remastered Version)

MOBY:いいですねー、The Association。僕も大好きです。なんかグッときちゃいました。今、一番のお気に入りの選手を教えてください。

矢野:最近は、野球見てないのよ……。野茂(英雄)選手の時が一番一生懸命に見てたかな。デトロイト・タイガースの時の野茂さんも、ピークは過ぎていたかもしれないけど、テレビで観た時に目がギラギラしていて、かっこよかったのよ。デトロイトの球場の入り口に野茂さんのプレートがあって、この前デトロイトの私のコンサートがあった時に、また見たいと思って行ったんだけど、すごい雪で見れなかった。大谷さんの試合も、ニューヨークのスポーツチャンネルはヤンキースかメッツしかやらないので、見るとしたらエイロン(アーロン)・ジャッジとヤンキースかな……今はアイスホッケーを見ているんです。

MOBY:え? レンジャース? あるいはアイランダースですか?

矢野:違うんです。オイラーズ。カナダのエドモントン・オイラーズのファンですから、この前の『ミラノ・コルティナ2026オリンピック』はコナー・マクデイビッドが活躍したのに残念でした。

MOBY:そうでしたか。アメリカは大騒ぎだったみたいですが、それは残念でしたね。アーロン・ジャッジはWBCにアメリカ代表のキャプテンとして出場して、日本と準決勝や決勝で対戦する可能性があるので、それはニューヨークでも見られると思いますよ。

ALL 62 Home Runs from Aaron Judge's Unforgettable Season

矢野:そうなの? 3年前に日本が優勝した時は、ニューヨークの人たちは誰も知らなかったわよ。

MOBY:そうなんですよ。好きな人しか見ていなかったんですけど、今回はMLBも以前より力を入れているみたいなので、ニューヨークでも見られる可能性が高くなっていると思います。

矢野:そうなんだ。じゃあ期待してます。

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