BMSG TRAINEE ソロインタビュー Vol.7:YUTA、自愛を手にした今――音楽のために生きる決意 「夢の幅がすごく広がった」
BE:FIRST、MAZZELに次ぐ、3つ目のボーイズグループを誕生させるべく行われた、BMSGによるオーディションプロジェクト『THE LAST PIECE』。その参加者でもあった面々が多く揃った今のBMSG TRAINEEは、最強の原石が揃っている。その強さとは、一体何なのか、どこからやってきたのか――。
リアルサウンドでは、3月18日、19日に行われる『BMSG TRAINEE SHOWCASE 2026 〜 Graduation Party for REN, YUTA, RAIKI, TAICHI, and ISANA 〜』を記念して、出演するBMSG TRAINEE 18名のソロインタビュー連載をスタートさせる。まっすぐに自分の理想を追い求めて、今この瞬間もひた走っているこの若き才能たちに、リアルサウンドは全力でベットしたいと思う。
第7回目は、YUTA。『THE LAST PIECE』審査序盤から、YUTAはたくさんのスキルを見せて驚かせてくれた。ダンスは言わずもがな、歌唱も安定していて、チームの雰囲気を変える力を持った、飄々とした人だと思った。しかし、今回のインタビューで「僕にはいろいろな遍歴がある」と彼が話してくれた時、なんだかとても腑に落ちた感覚があった。YUTAのその“いろいろな遍歴”が象られる過程には、いくつもの発想の転換と喜びと悔しさと諦めがあったのだと思う。しかし、そういった苦悩を彼は表立って見せることはなかった。だからこその姿だったのだ。そういう強さが彼のなかにはある。だが、その葛藤を自らの口で語れるようになった今こそ、YUTAはさらなる強さを手にしたのかもしれない――。YUTAに話を聞き、そして『THE LAST PIECE』最終審査を前に「嫌いだった自分のことを愛せるようになった」と言った彼の姿を思い出しながら、そんなことを思った。SKY-HIは早い段階から「音楽のために生きるYUTAを見たい」と声をかけていたのだが、自らへ注ぐ愛を知り、本当の意味で「音楽のために生きる」という決断をした18歳のYUTAの言葉を、余すことなく受け取ってほしい。(編集部)(火曜日・木曜日更新予定/全18回)
創造の神童――ダンスからモノ作りまでYUTAを夢中にさせたもの
――まず、生年月日を教えてください。
YUTA:2007年9月11日です。
――2025年の誕生日で18歳になられたんですね。何か変わったことはありましたか?
YUTA:……保険証が変わったくらいですかね(笑)。
――なるほど(笑)。
YUTA:(笑)。選挙(第27回参議院議員通常選挙)のあとに誕生日だったので、成人してからの体験っていうのはまだなくて。だから、成人したって実感は、正直あまりないんですよね。
――わかりました。はじめにYUTAさんのいちばん最初の記憶を教えてください。何歳頃の、どんな場面?
YUTA:最初の記憶……難問ですね(笑)。なんだろう……あの、ちっちゃくて強力な磁石があるじゃないですか。
――小さい磁石同士がくっつくと、離すのも苦労するやつですね。
YUTA:それです! その磁石を家で結構使っていたんですよ。で、4歳の時に僕、それを飲み込んじゃったんです。深夜2時ぐらいだったので、救急搬送されて。顔をぐっと押さえつけられて、口からカメラみたいなものを入れられたっていうのが人生初の記憶――兼、人生初胃カメラでしたね(笑)。
――それでどうなったんです?
YUTA:結局、見つからなくて。数日間検査もしたし、レントゲンを撮っても体内になかったので、「消化したのかな?」という話になりました。最初の記憶が悲劇でした(笑)。
――はははは! じゃあ逆に、嬉しかったことで印象に残っていることは?
YUTA:ダンス始めた時かな。僕、8歳上の兄がいるんです。僕が3歳ぐらいの時、兄がテレビでマイケル・ジャクソンばっかり流していて、映画とかMVとかを観てました。兄は特に「Smooth Criminal」が大好きだったみたいで。しょっちゅう流れていたので、それを真似するところからダンスを始めていくようになりましたね。当時は、マイケル・ジャクソンがどういう人物で、どうして有名なのかとかはよくわかっていなかったけど、ただ純粋に「かっこいいな」と思って踊っていたと思います。
――小さい頃、最初に思い描いた将来の夢は何でしたか?
YUTA:小学校の文集に“建築士”って書いていた気がします。どうして建築士って書いたのかははっきりしないんですけど。でも、小さい頃から工作とかモノを作るのが好きだったからかな。今も3DのCGを作ったり、曲を作ったり。ずっと何かを作るのが好きなので、たぶんその影響で最初に思いついたのが建築士で、そう書いたんだと思います。
――小学生の時は、絵画とかも好きだったんですか?
YUTA:絵画とか平面的なものというよりも、立体的なものが好きで。
――ああ、だから工作や建築になるんですね。
YUTA:LEGOとか、そういう三次元的なものが好きでしたね。ダンスもそうですけど、モノ作りがしたいというのは昔から思っていましたね。LEGOが本当にすごく好きで、昔は(作品を)いっぱい作ってました。
――どんなものを作っていたんですか?
YUTA:自分の街を作っていましたね。実際に自分が住んでる街ではなくて、理想の街と言いますか。
――シムシティをオリジナルで、しかもLEGOで作っていた?
YUTA:まさにそうです。公園を置いたら住民からの評判が上がる、みたいな(笑)。シムシティみたいな感じでやってました。
――すごいですね(笑)。そんな幼少期を経て、YUTAさんはBMSG TRAINEEを経て『THE LAST PIECE』に参加するわけですが、このオーディションを受けようと思ったきっかけ、決心した経緯を教えていただけますか。
YUTA: BMSG TRAINEEになったことが直接的な理由だと思ってます。ずっとダンスをやってきて、これまで大会に出たり、いろいろなお仕事もさせていただいたりして。でも、憧れたのがマイケル・ジャクソンっていうのもあるし、もっとモノ作りをしたいっていう気持ちもどんどん強くなって。そこから「音楽をメインの仕事にしたい」と思い始めて、BMSG TRAINEEのオーディションに応募したんです。
――そう思い始めたのは、何歳ぐらいの頃ですか?
YUTA:中3から高1の冬でしたね。知人から紹介していただいて、オーディションを受けました。そこからBMSG TRAINEEとして活動していくなかで、スキルやセンス、いろんなものが磨かれて。人間としてもすごく成長することができたと思っているんです。
――ダンスはマイケル・ジャクソンからスタートして、その後はどういう経緯をたどっていったんですか?
YUTA:ダンススクールで、最初はマイケル・ジャクソンしか教えないクラスに行ったんです。ちょうどその時、ダンスでもマイケル・ジャクソンが流行っていて、そのなかのひとつに通っていました。そこから次にハマったのが実はK-POPで、BTSの初期の頃のダンスをやったりして。その頃から歌とダンスで表現しているということに、強い憧れがあったんだなと思うんです。その次にアニメーションダンスにもハマって、またマイケル・ジャクソンに戻ってきました。
――なぜマイケルに戻ってきたんですか?
YUTA:「マイケルの不思議な動きって、アニメーションダンスにも共通するのかも」って思ったんですよね。アニメーションダンスは小3ぐらいに始めて、当時習っていた先生に世界大会に連れて行っていただいたり、いろんな経験をさせていただきました。中2ぐらいまで、ずっとその先生に習っていて、そのあとにジャズダンスを始めたんです。知り合いの紹介で体験に行ってみようぐらいだったのが、すごくハマって。そういうものが今のダンスにつながっているんですけど、気がついたら全ジャンルを網羅したような状態です(笑)。
――ご自分では、踊ること自体が好きだと感じますか?
YUTA:すごく好きですね。
――そこにはやっぱり音楽がないとダメなんですか。
YUTA:はい。
――体を動かすんじゃなくて、やっぱり“ダンス”なんですね。
YUTA:ダンスで体を動かしてることが好きというよりも、ダンスで音楽に乗っているのが好きなんだと思います。
――曲によってダンスも変わっていくと思うんですけど、そのなかで自分が表現したいことというのは、ずっと変わらずにあるんですか?
YUTA:結構変わるタイプだと思ってます。僕、「どういう表現をしたいか」ということが「どういう音楽が好きか」につながると思っているんです。ダンスについても音楽についても僕にはいろいろな遍歴があるので、今振り返ってみても「いろんな方向性の表現を探していたんだな」と思います。そういう部分は、自分の強みだと思いますね。ワンパターンじゃないし、型にハマってない。むしろ、型がないに近い。踊る時も「このジャンルで行こう」みたいなものはなくて、その時に流れた曲の雰囲気とかに乗ってやってるんです。
――それ、音楽と体のセッションですね。ダンスが音楽の表現としてスタートしているというか。
YUTA:まさにセッションですね。でも、この感覚に行き着いたのは、最近のことで。それまでは、ダンスがイヤになった時期とか「音楽がイヤだな」って思う時期もあったんですよね。BMSG TRAINEEになってからもありました。でも、『THE LAST PIECE』を経てからはギアが何段階も上がって、音楽やダンス、歌の表現への解像度が上がったんです。自分の世界がすごく広がったと感じてます。だから、『THE LAST PIECE』には感謝ですね。