歌声分析 Vol.5:幾田りら 抜群の安定感と声の立ち上がりの速さーー言葉を“正確に届ける”ボーカル表現

歌声分析

 アーティストの魅力を語るうえで、楽曲だけでなく“歌声”そのものに宿る個性にフォーカスする連載「歌声分析」。声をひとつの“楽器”として捉え、音楽表現にどのような輪郭を与えているのかを掘り下げていく本連載では、技術的な視点からさまざまなアーティストの歌声を紐解いていく。

 連載第5回目となる今回は、幾田りらを取り上げたい。

「恋風」に聴く低音処理と距離感、「Actor」で際立つ技巧性

 シンガーソングライター・幾田りらは、YOASOBIのボーカリスト・ikuraとして2019年以降、一躍、音楽シーンの中心に立った存在である。シンガーソングライターとしての彼女のキャリアは長い。小学6年生の時に初めて作詞作曲をし、中学生から路上ライブを行ったりライブハウスでのライブに出演するなど、音楽活動を続けてきた。そんな彼女にとって、2025年はキャリアの節目となる大躍進の1年だった。同年4月にリリースされた「恋風」が『第67回 輝く!日本レコード大賞』(TBS系)で優秀作品賞を受賞し、『第76回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)にはソロとして初出場。同曲を堂々と歌唱した。YOASOBIのメンバーとして3回(2020年、2021年、2023年)、“milet×Aimer×幾田りら×Vaundy”として1回(2022年)、そしてソロとしての出演を含め、5回目の『紅白』出場となった。ユニット、ゲスト、ソロという異なる立場で5度も同じステージに立ち続けた例は極めて稀であり、彼女の特異なポジションを象徴している。

milet×Aimer×幾田りら - おもかげ (produced by Vaundy) / THE FIRST TAKE

 先日、YOASOBIのワールドツアーが発表されたが、本稿では改めて“シンガーソングライター・幾田りら”の歌声について掘り下げてみたい。彼女の歌声の魅力は、“抜群の安定感”と“一定した声質”、そして“声の立ち上がりの速さ”にある。どんなジャンルの楽曲であっても、声質の軸を崩さずに成立させることができる理由は、子音と母音が同時に立ち上がる発声にあると考える。発声の瞬間から言葉の輪郭と音程が一体となって届くため、歌声が曖昧にならず、ジャンルや言語が変わっても声質が破綻しない。この“立ち上がりの確かさ”が、多彩な楽曲の世界観を支える基盤となっている。

 まず取り上げたいのは、「恋風」(2025年)だ。オリジナル恋愛リアリティーショー『今日、好きになりました。』ニュージーランド編(ABEMA)の主題歌として書き下ろされた本作は、代表楽曲のひとつである。シンプルでウォームなメロディラインはインディーズ時代の楽曲とも地続きだが、サビ前のブリッジなどにはコンポーザーとしての成長が感じられる。印象的なのは、歌い出しの低音の母音処理だ。声を奥にしまい込みすぎず、一定の位置を保ったまま語尾を抜くことで、言葉が自然に浮かび上がる。高音でもビブラートを抑え、言葉に微細な揺らぎを含ませることで、感情を説明しすぎることはない。その結果、聴き手は感情を“理解する”のではなく、“隣で感じる”距離感へと導かれる。

幾田りら「恋風」 Official Music Video

 TVアニメ『SPY×FAMILY』Season 3(テレ東系)のエンディング主題歌「Actor」(2025年)では、より技巧的な側面が前面に出ている。Aメロとサビでの譜割り、ジャジーなリズム、ホーンセクションなど、構造的には情報量の多い楽曲だが、それを感じさせないポップなミディアムチューンとして成立させているのは、彼女の声質の力によるところが大きい。特に注目したいのは、“あ行”の扱い方で、伸ばす、置く、次の音と連結するなど、多彩なニュアンスを自在に繰り出している。言葉の立ち上がりが速いからこそ可能な表現だろう。

幾田りら「Actor」Official Music Video

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