父親への愛憎、遊びからの学び、今目指す歌手の高み――福田こうへい「今から脂が乗り始める」

福田こうへい『志~こころざし~』を語る

 9月5日に両国国技館で単独コンサートを開催し、大盛況となった福田こうへい。2026年の活動は、元日にリリースするシングル『志~こころざし~』から始まる。タイトル曲「志~こころざし~」は辿ってきた人生、向かうべき道について聴き手に問いかける。生き方の指針となる自身の志とは何なのか? 容易には答えの出ないテーマとじっくり向き合うことができる歌だ。そしてカップリングの「蛍火」はムード歌謡。蛍が放つ儚い光に別れた恋人の面影を重ねる様が切ない。今作に収録されている2曲について語ってもらった。(田中大)

「志~こころざし~」が投げかけるストレートな問い

福田こうへい

――「志~こころざし~」は、人として忘れてはいけない基本的なことを思い出させてくれる曲ですね。

福田こうへい(以下、福田):ごく当たり前で、素朴ですけど、忘れてしまいがちなことですよね。いろいろ上手くいかなかったりするのって、自分のせいなのにね。荒木のお父さんが、自分に重ねて作ってくれたなあと、しみじみとわかります。

【公式フル】福田こうへい「志~こころざし~」【Official Music Video】

――作詩をした荒木とよひさ先生とは、「お父さん」「坊主」と呼び合う仲だとお聞きしています。

福田:古い仲ではないんですけど、初めてお会いした時に意気投合、気が合いまして。お会いすると一緒にお酒を飲んでばかりいますけど(笑)。話が合うんですね。荒木のお父さんは、「歌手本来の本当の力を出して歌っているのは、今いないだろう。詩の内容を伝える歌い手も少ない」というお話をしてくださったりするんです。

――「志~こころざし~」の詩は、どのように感じています?

福田:自分も共感できる内容です。シンプルですけど、「頑張って努力してきましたか?」と、聴く人にストレートに問いかけるような詩ですよね。寄り道、近道をした人もいるでしょうけど、遠回りしたとしてもそれが正解だったか不正解だったかは、その人次第。「あなたはどうだ?」と問われているような気がします。育ち方、生き方、育てられ方、経験してきたことは人によってまちまちで、どれが正しい選択なのかも人それぞれ。自分に合った生き方の選択はどれだったのかは、なかなかわからないものですけど。

――〈他人(ひと)を妬むな 羨むな〉は、どきりとさせられます。

福田:他人は他人ですし、自分は自分ですからね。サラリーマンや農家もやってわかりました。「やったものしか出ないんだよ」と。スポーツなんかでも努力しないと結果は出ないですからね。「あの時やっておけばよかったな」では遅いんです。「今からでも遅くはないんじゃないの?」と問いかけてくる歌ですね。

――「やったものしか出ないんだよ」は、本当にその通りです。

福田:100メートルを12秒で走れたとしても、走り続けて運動能力をつけていかないと、3年後とかにも同じタイムで走れるとは限らないですからね。サラリーマンの時もそうでした。物を売っていましたけど、ただ物を売るわけではなかったんです。最終的には“人”が売れないと“モノ”も売れないんですよ。

――呉服店の営業をしていらっしゃったんですよね?

福田:はい。“モノ”を知らないと“モノ”は売れなくて、教科書通りに説明ができても、同じ商品を複数の人から勧められた時に、「誰から買いますか?」となったら、値段のことだけではなくて、売る人の人柄、売ったあとのメンテナンスも大切なんです。着物、お振袖とかはレンタルもできるようになっていますから、売るだけではなくて、お客様のいろいろな選択肢を活かして差し上げるのも大切でした。「売る」だけが仕事ではないということを学びましたね。

――「志~こころざし~」は、親の姿を通じて学んだものの大きさも思い出させてくれます。

福田:アットホームな歌でもありますよね。この歌のようなアットホームじゃなく育った自分でもあったんですけど(笑)。自分が親になって感じるようになったことを重ねたりもしています。

――お父様は、民謡歌手ですよね?

福田:はい。まったく意見が合わなかったですけど、やってみせてくれたその姿は、間違いなかったなあというのは感じていますね。

「親父が大嫌いだったからです(笑)」――反骨心から始めた民謡

福田こうへい

――さまざまな経験を通じて学んできたことは、歌にたくさん反映されていますか?

福田:はい。自分は農家の長男なので農家もやって、サラリーマンもやって、民謡歌手でも生計を立ててきましたが、その3つはスポーツと同じく、「やったものしか出ないんだよ」なんです。歌手も「歌って終わりました」じゃなくて、「歌って、お客さんにどう帰っていただくか」が、来年、再来年、次に繋がっていきますから。

――お客様は、福田さんよりも上の世代の方が多いですか?

福田:コンサートに来てくださるのは高齢の方々が多いですね。歌手にとって、本当にありがたいことです。いろんな歌手の歌を聴いて耳が肥えているみなさんが来てくださっているということですから。歌手になってずっと感じていることですが、毎日、毎回、審査されているんですよね。「自分のどの部分を聴いて、ご覧になって、聴きたいと思ってくださっているのかな?」と、いつも模索しながら歌っています。最終的には懸命に歌っている姿も必要なのかなと思います。自分も幼い頃にステージで歌っているのを聴いて、ゾクっとした経験があるんですよ。そういう経験があったのも良かったんでしょうね。もともと歌手になるつもりはなかったんです。23歳から民謡を始めて、いろいろなことが繋がっていきました。

――民謡を始めたのは、かなり遅かったんですね。

福田:はい。まるで遅かったですね。20歳を過ぎてから始める人は、あんまりいないんじゃないですかね? 呉服の営業の仕事で就職をしたのとともに民謡を歌い始めたんです。

――きっかけは、どのようなことだったんでしょうか?

福田:親父が大嫌いだったからです(笑)。だって「親父が民謡歌手です」っていうので学校に行って、いじめられてみてください。「親父が民謡歌手なんだから、おめえも1曲歌ってみろ」とみんなの前で言われて歌えます? 民謡を歌ったこともないのに。子供の立場からすると、親父が民謡歌手なのは迷惑でしたよ。それなのに自分も民謡を歌い始めたのは、親父との喧嘩がきっかけでした。取っ組み合いの喧嘩をして、それから1、2週間経ってからおふくろに言われたんです。

福田こうへい

――お母様の後押しで?

福田:はい。おふくろは自分が民謡を歌えるのを知っていたんです。親父が関係している大会に内緒で出て、「歌えるんだぞ」とびっくりさせようと。そういう計画をおふくろと企みました。後日、大会に出場して親父をびっくりさせることができて、目的は達成されたんですけど、その時、間違って入賞したんですよ。表彰式に行ったら、「あの親父さんの子供だったら、当然入賞するでしょうし、袖の下でも渡して入賞させてもらったんでしょ?」と言われて自分はカチンときまして(笑)。親父に教わったわけでもないし、聴いて育ちはしたけど、人前で歌ったのも初めてだったんですから。「そんな言われ方をするんだったら、本格的に民謡を始めて、この大会で優勝するまで出場し続けてやる」と。そこから民謡を歌い始めて頑張ったのがスタートでした。

――反骨心からのスタートでありつつも、続けるなかで民謡の奥深さにどんどん惹かれるようになっていったんですね。

福田:そうなんです。最初はそういう目的だったのに、どんどん良い方へ良い方へと進むようになっていきました。カチンとくることを言われた人の顔は覚えていて、「優勝した時、あの人に絶対に『ほらみろ』と言ってやる」と思っていたのに、優勝してからは次の大会に出て力試しをしてみたいと思ったし、その人のことはどうでもよくなっちゃった(笑)。そして、優勝するのが目的で出ていた大会も「ただ優勝するだけでもなあ」となったところで、親父がボソッと「お前の出ている大会は地元でやっている全国大会というだけだ。県外で成績を残してみろ。そしたらいくらか認めてやる」と言ったんです。そこから県外の大会にも出るようになったら、今度は「大会荒らし」と呼ばれて嫌われて(笑)。「嫌がられながら歌手をやるのって嫌なもんだなあ」と思ったところから、「人に喜ばれる歌い手になりたい」という想いが芽生えて演歌も聴くようになったんです。それが歌手になるそもそもの始まりだったなあと感じます。

――歌手としての原点、志の源となっている想いですね。

福田:「人を喜ばせたい」ということです。「心底この人の歌を聴きたい」とお客さんが前のめりになっているのを幼少期に見て、「羨ましいな、この歌い手さん」と思ったことがありましたから、「この人の歌を聴いたら元気になるし、涙も出るし、感動もするし、喜んで帰れる」という歌手になりたいと思いました。

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