倖田來未のステージは“ピュアで深い愛情”そのもの 歌い、踊り、宙を舞った変幻自在な25周年ツアー

「15! 14! 13!……」

 早く会いたいと言わんばかりに、観客は開演目前のスクリーンに映し出されたカウントダウンに合わせて、10カウント前から少々フライング気味に声を上げる。まだ肝心の主役は現れていない。にも関わらず、すでに熱気が渦巻いている。しかもその色は赤というよりピンク色。これから恋人に会うかのような胸の高鳴りすら感じる。

歌って踊れるエンターテイナーとしての色鮮やかなステージ

 そんな雰囲気のなかで始まった倖田來未の25周年ツアー『KODA KUMI 25th ANNIVERSARY TOUR 2025 ~De-CODE~』初日の10月18日、京王アリーナ TOKYO メインアリーナ公演。カウントダウンが0になると、スクリーンにはサイバーパンク風の世界が広がり、培養ポッドのなかで眠る倖田來未の姿が映し出される。そして目覚めると、早くここを出ようとカプセルを思いきり叩き割った。観客は息を呑む。

 すると不穏なデジタルロックが流れ始め、ダンサーたちが行進しながらステージに。1曲目は最新EP『De-CODE』の収録曲「CUBE」だ。

 無機質に動くダンサーたちに目を奪われていた矢先、歓声がドッと上がった。見上げると天井から吊るされた立方体オブジェにシルバーのボディスーツをまとった倖田が乗っている。そしてこう叫ぶーー〈Break the beat now, WATCH OUT!〉。

 眠りから覚めた倖田は、持て余していたエネルギーをすべて放出するかの如くノンストップで踊り続ける。「POP DIVA」「BUT」「TABOO」……ダイナミックに腰を揺らしながら重厚なビブラートを響かせ、これが今の“倖田來未”だと全身で訴える。時折無邪気に笑ってみせながら、激しいパフォーマンスで会場を沸かしまくると、畳み掛けるようにしてEDMナンバー「XXX」を披露。回る! 飛ぶ! 蹴り上げる! もはやサーカスのような妙技ですらあった。

 倖田がここまで歌って踊れるエンターテイナーであったことに改めて驚かされる。しかも不思議と威圧感はない。クラブで一緒に踊っているような親近感すらある。彼女が作り上げたこの世界に、私たちもちゃんと存在しているということが確かに伝わってくる。

 インタールードが挟まれると、今度はドリーミーな空間へ。ピンクを基調とした部屋にいたのは“恋する倖田來未”だった。ピンクのボブヘアに、レトロなミニワンピースが可愛い。選曲も「HOTEL」「Love Techinique」「恋のつぼみ」とLOVE山盛り、衣装やヘアスタイルも次から次へと変幻自在。あれもこれもといろんなものを欲しがって、ものすごい速度で変化していく。その姿は私自身もこれまで何度も目にしてきた“恋に夢みる女の子”そのものだった。

 景色もさまざまなパステルカラーに目まぐるしく変わっていく。恋は女の子の世界をこれだけカラフルにさせるのだというまっすぐなメッセージに、胸が打たれる。恋愛っていいな、 シンプルにそう思う。

 思えば倖田の曲には好きな相手に対する恨みつらみというものが少ない気がする。いつも誰かを深く愛していて、愛しすぎて苦しくなっても、結局失恋したとしても、そこに愛だけはいつまでも残っている。かつて小沢健二の「ラブリー」をカバーしていたけれど、あの曲をあの歌詞通りに一点の曇りもなく歌えるのはもしかしたら倖田來未だけかもしれない。

25年分の愛情を真っすぐに届け続ける“倖田來未流サプライズ”

 そんなことを考えていると「Butterfly」に曲が移る。倖田が歌いながら手拍子の合図を送ると、観客はそれに気づきすぐさま一斉にリズムを刻み出した。色鮮やかに揺れるペンライトがきれい……あれ? このペンライトよく見たら耳がついてる。

 ……クマだ。

 トン〜トトン〜トン〜トトン〜。「Butterfly」のアップテンポなサビに合わせて、大量のクマがご機嫌に踊っている(※1)。2F席から見るこの光景……それなりの大人としては少々照れ臭くなるほどに愛らしい。でもこれこそ、くぅちゃんマインドとも言えるのかもしれない。こちらが照れ臭くなるほどの明るい愛情。それが周りにもどんどん伝播していく。

 ファンの熱気といい、倖田來未といい、この演出といい、なんてふかふかしているのだろう。会場には透明のハートが充満していて、まるで温かい布団にくるまっているような、ここにいれば大丈夫だと思える安心感がある。

 その後も倖田來未流サプライズは続く。トロッコで観客席の方へ移動すれば、観客が持っていたスマホを取って自撮りをしてみせたり、客席から選ばれたラッキーガール2名をステージに上げれば宙吊りブランコに一緒に乗り名曲「Moon Crying」を歌ってみせたり、クライマックスでは逆さ吊りで何回転も回るというアクロバットもしてみせる。この日足を運んだ観客のためにできることを最大限に詰め込んでいく。

「人目を気にせずに泣いて、笑って、歌って、踊って、『楽しかった!』って帰ってほしい。それがボーカリスト、エンターテイナーとしての理想」(※2)

 そう話していたことを思い出す。とはいえそのあまりに盛りだくさんなサプライズは、彼女が持つある種の不器用さからくるものであるようにも見える。だって誰もが知ってる国民的スター。私たちは会えるだけで、生歌を聴けるだけで、本当はもう十分なのだから。

 でもたとえ私たちが欲しがらなくても、倖田はもっともっと楽しんでいってほしいと一生懸命愛情を注ぐのだろう。その思いの深さに胸がいっぱいになる。そうか。ファンはこれまでずっとたくさんの愛をもらってきたのだ。だからあんなピンクの熱気も、会場のこの安らぎも、自然と生まれる。


 こうしてライブ本編は終了。倖田がステージを去ると、しばらくして観客は何かを歌い出した。

「素顔をとり戻せるのは〜あなただけ〜そのまなざしだけで〜私は染められていくの〜指先まで すべて〜」

 デビュー曲「TAKE BAKE」だった。観客はこのフレーズを何度も何度も何度も繰り返す。これはファンにとっては定番のアンコールサプライズらしい。

 この観客からのお返しを倖田はどんな気持ちで受け取っているのだろう。あのパフォーマンスを観たあとだからこそ、舞台裏にいる彼女に思いを馳せたくなる。

 倖田のライブには“愛は与えればちゃんと伝わる”ということを強く信じていなければ作れないポジティブな空気があった。生きていればそんなふうに思えないことなんて山ほどある。それでも信じようとしているのが倖田からもファンからも眩しいほどに伝わる。そこには何かと懐疑的に捉えがちな私のような観客をも動かす力があったように思う。そして何より、彼らをそうさせているのが、倖田にとってファンという存在であり、ファンにとって倖田という存在なのだろう。

 本公演のコンセプトは「De-CODE」。あらゆるコードを壊して、変化させて、進化していくということらしいが、そのコードは決してひとりで作ったものではないという。たびたびスクリーンに映るメッセージには“このコードはファンのみんなと作ってきた”というようなメッセージが表示されていた。

 アンコール後、倖田はこの日初めてのMCでお馴染みの関西弁トークで会場をどっと笑わせたあとで、涙ながらにこう語っていた。

「20周年のときは、ソーシャルディスタンスのルールもあって、みんなで心から楽しむことができなかったんです。5年経ってやっと……これだけのみんなの声援を受けとめられて……30周年まで頑張りたいなって思うわけ……」

 25年というキャリアがあった上でここまでピュアな愛を表現できるアーティストが今どれだけいるだろう。30周年もまたこうして祝いたい、あのとき誰もが思ったはず。この日のライブにすっかり刺激を受けた私は、愛するということについて思いを巡らせながら帰路についた。

※1:「KLOOP」というキャラクター。名前はファン応募により決定。倖田と組員(ファンの総称)の見えない絆、永遠の輪「LOOP」で繋がっているという意味が込められている。
※2:https://www.billboard-japan.com/special/detail/3407

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