歌声分析 Vol.1:藤井 風 言語感覚・母音・ブレス……『Prema』を軸に探る言語を越境するボーカル設計

 音楽ライター 伊藤亜希です。アーティストの魅力を語るうえで、楽曲だけでなく“歌声”そのものに宿る個性にフォーカスする連載「歌声分析」がスタートします。

 声をひとつの“楽器”として捉え、音楽表現にどのような輪郭を与えているのかを掘り下げていく本連載では、技術的な視点からさまざまなアーティストの歌声を紐解いていきます。

 これまで、私の耳や音楽に対する考え方を鍛えてくださった数々のアーティストの皆さん、“書く場所”をくださったスタッフの皆さん、そして今回連載の機会を作ってくださったリアルサウンド編集部、そしてここを読んでくださる皆さんに心から感謝を。

歌声分析

 アーティストの魅力を語るうえで、楽曲だけでなく“歌声”そのものに宿る個性にフォーカスする連載「歌声分析」。声をひとつの“楽器”として捉え、音楽表現にどのような輪郭を与えているのかを掘り下げていく本連載では、技術的な視点からさまざまなアーティストの歌声を紐解いていく。

 連載の初回は、藤井 風を取り上げる。

 今や日本屈指アーティストになった彼は、楽曲のクオリティの高さ、サウンドメイクに対するマルチなスキル、岡山弁から英語まで巧みに用いた独特なグルーヴを生み出しながらも、シンプルな言葉で人間の本質を描き出す歌詞など、多角的な才能で、その存在感を発揮してきた。今年9月5日にリリースされた、3年ぶりとなる3作目のスタジオアルバム『Prema』は、Billboard JAPANのチャート「Hot Albums」「Download Albums」「Top Albums Sales」(※1、2、3)、オリコンチャート「デイリーアルバム」「週間アルバム」「週間デジタルアルバム」「週間合算アルバム」(オリコン調べ/※4)でそれぞれ首位を獲得。全曲英詞のこのアルバムが叩き出した実績は、藤井 風という存在そのものが、今の日本の音楽シーンにおいてマスターピースであることを証明した出来事と言えるだろう。

 本稿では、アルバム『Prema』を軸に、藤井 風の歌声について掘り下げていきたい。

“歌”をトラックの一部として溶け込ませるボーカル設計

 藤井の歌声の魅力は多々あるが、中でも注目したいのは、ある時は日本語が英語に、ある時は日本語が英語のように聴こえることである。それは、言葉を意味だけでなく、語感という観点で選んでいるからだろう。そして、その傾向は作品を重ねるほどに顕著になっている。

Fujii Kaze - Prema [Official video]

 まず挙げたいのが、“歌”をトラックの一部として溶け込ませるボーカル設計だ。たとえば『Prema』のオープニングを飾る「Casket Girl」は、吐息交じりの〈Oh〉という歌い出しだが、この「お」の発音を、曲の序盤は少し「え」が混じったような発音で聴かせ、そのまま次の単語〈wake〉に滑らかに移行している。ゆえに、最初のワンフレーズで英詞だとわかる。一転して、後半の3分あたりから始まる〈Woooa woooa〉と、短い「お」を重ねる部分では、日本語の「お」を思わせるような発音で聴かせている。リズムを重視し、音符に対してジャストに「Oh」を置くように歌い、前後に抑揚をつけず、クリアに発声している。さらに、母音のみの一音だから出せた、藤井 風だけのニュアンスだとも思う。このように、母音にアクセントが付く日本語特有のリズム感を英語詞の中に登場させることで、英語でも時に日本語で歌っているような感覚を残すのだ。

Casket Girl

 言語のシームレス化という意味では、最もわかりやすいのが、歌詞で英語と日本語が混在している「Hachikō」だろう。トレンドライクなトラック、エフェクトがかかった日本語ボーカルのループから始まる、アルバムの中でもかなり攻めた楽曲だ。先述した日本語のループの部分は、声でなければ醸し出せない無機質さが出ており、トラックの一部としてこの曲を象徴するような存在感を放っている。

藤井 風 - Hachikō [Official video]

 藤井はこの曲で、ネイティヴな発音で英詞を聴かせている。幼少期から両親の影響で洋楽に触れ、ピアノで弾語りをしてきたのは、藤井 風を語る上で欠かせないファクターだと思うが、この頃から楽譜を見ながら歌い弾くのと同時に、耳でもコピーしていたのではないかと考察する。優秀な歌い手には、耳で聴いた音やニュアンスをそのまま歌声として出せる人が多い。藤井 風も、おそらく耳がすごくいいのだろう。幼少期からの環境で養われた部分もあると思うが、もともと素地があったのだと思う。だからこそ、方言、標準語、そして英語までをシームレスに歌に落とし込む域までに達したのだろう。

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