なきごと、ファンタジーを超えた“生の実感” 『素材採取家の異世界旅行記』とも重なるメジャーデビュー以降の決意
今年7月9日、“なく”の日にEP『マジックアワー』でメジャーデビューを果たした、なきごと。水上えみり(Vo/Gt)、岡田安未(Gt/Cho)による2ピース編成で、2018年の結成以来、着実に進んできた彼女たちの歩みは、今、大きな飛躍のときを迎えている。もっとも、メジャーデビューしたからといって、少なくとも彼女たちが鳴らす音楽が大きく変わったというわけではない。水上の書く曲には相変わらず心の奥底まで抉って引っ張り出したような言葉とメロディが並んでいるし、そんな彼女の歌とツインボーカルのように双曲線を描きながら楽曲の情感を補完していくような岡田のギターの表情もそのままだ。
多くの人々に受け入れられる中で新曲「夢幻トリップ」が誕生
メジャーデビュー作となった『マジックアワー』に収録された、たとえば「短夜」や「たぶん、愛」といった楽曲には感情に翻弄されて矛盾を抱えながらも、愛を交換できる“誰か”の存在が刻まれていて、そこには彼女たちが音楽を通して何を伝えようとしているのか、何を希求しているのかが表れていて、それまでの作品と比べてもその表現はよりストレートで剥き出しなものになってきているように思うが、それとて、2019年にリリースされた1stミニアルバム『夜のつくり方』以来、作品とライブを重ねるごとに少しずつ前に進んできた結果。彼女たちはメジャーデビューもインディーズ時代の延長線上にある、と話しているが(※1)、それはお題目ではなく、本当に地続きのまま、なきごとというバンドはここまで来たのである。
だが、というかだからこそ、このバンドがメジャーデビューというチャンスを得たことはとても意義深い。明らかに“閉じて”いた初期のなきごとは、徐々に徐々に内面を打ち明けるようになり、それに伴って多くのファンと出会い、さらに広い世界を求めるようになった。そんなまっすぐな物語が彼女たちを貫いていて、このメジャーデビューという出来事は、それがついに報われ、見つけてもらえたという証のように思えるからだ。そして、より重要なことは、そんななきごとを待っていた人が、おそらくは彼女たち自身の想像を超えてたくさんいたということである。フェスやイベントへの出演も増え、今年に入ってからはドラマのタイアップも連続で決定。各メディアで彼女たちを見る機会も増えてきた。中でも驚いたのは、9月から放送されている江崎グリコ「ポッキー」の新TVCM「ポッキーの革命」篇への出演である。メインキャストの俳優・白本彩奈、ジャパニーズヒップホップのレジェンドであるスチャダラパーとともに画面に並ぶなきごとの2人を観たときは、意外すぎてそれが彼女たちであると気づかなかったくらいだ。それぐらい、彼女たちのキャラクターと音楽は、多くの人に受け入れられ始めているのである。
そんな中、10月8日にリリースされたのが、新曲「夢幻トリップ」である。TOKYO MXおよびBS11で放送がスタートしたTVアニメ『素材採取家の異世界旅行記』のエンディングテーマとして書き下ろされたこの曲は、なきごとにとって初めてのアニメタイアップ。すでにオンエアされているアニメを観た人はわかるだろうが、穏やかさと柔らかさを持ったこの曲の温度感が物語のエンディングに寄り添い、作品のファンタジックな世界観をスッと我々のそばへと連れてきてくれるような、好相性のコラボレーションとなっている。
この「夢幻トリップ」のリリースに際し、水上は「原作を拝読して感じた、私の思う”好き”もワクワクもほのぼのも、たくさん詰め込んで大切に書き下ろした作品です」とコメントしている(※2)。その言葉が物語る通り、この曲にはとても親密でプライベートな“愛しさ”のようなものが流れている。『素材採取家の異世界旅行記』はごく平凡なサラリーマンだった主人公があるきっかけで魔法と剣の世界である“マデウス”に転生するところから始まる、いわゆる“異世界転生モノ”で、異世界なので魔法もエルフもモンスターも出てくるのだが、主人公であるタケルは勇者でも戦士でもなく、レア素材を集めて売り捌く“素材収集家”として設定されている。実はかなり強力な能力者なのだが、それを駆使して強敵と死闘を繰り広げるとか、最強ゆえに女性にモテモテになったりとか、そういう男の子的な願望丸出しの展開はない。風呂に入れないことにがっかりしたり、ごはんを食べて幸せを感じたり、つまりきわめて“普通”の感性を持ったまま、異世界での旅暮らしを続けていくのである。
異世界をテーマにして描く“息をして生きるということ”
そんな物語「夢幻トリップ」の歌詞やサウンドは優しく重なり合う。ゆったりとしたリズムに合わせて歌われる〈寝息はクレイドル/君が息しているよ〉〈隣り合わせで揺れる燈/おやすみ、君と生きている〉というフレーズからもわかる通り、この曲が描くのは、すべてが“夢幻”のような異世界でも息をして“生きている”という事実だけだからだ。
その揺るぎない実感が最初から最後まで、それこそ夢のようにたゆたう楽曲に、ポッと光を灯しているように思える。2回目のサビ、〈君と生きている〉という言葉のあとに鳴り響く岡田のスケールの大きなギターソロも印象的だ。決して長いソロではないが、この8小節があることで、〈ウロボロス〉や〈ユグドラシル〉のようなファンタジックな言葉で彩られたこの曲に、一気になきごとというロックバンドの物語がオーバーラップしてくるのである。水上自身が言うように「子守唄」のような柔らかさで『素材採取家の異世界旅行記』の世界を丁寧になぞりながらも、同時にこの曲でなきごとは、転生先、つまり言い方を変えれば“死後の世界”である異世界でまどろむ前に、こっちの世界で息をして生きることを見つめて感じたい、と訴えているようにも思える。ファンタジーを描きながら、そのファンタジーを超えたリアルな生の実感が、歌詞とサウンドの隙間から溢れ出してくるような楽曲なのである。もしかしたらそれが、メジャーデビューを経てさらに定まった彼女たちの決意なのかもしれないし、今の彼女たちがロックバンドをやる理由のひとつなのかもしれない。かわいらしいエンディングの映像を観ながら、そんなことを思った。
※1:https://ototoy.jp/feature/2025070902/1
※2:https://realsound.jp/2025/09/post-2141806.html
◾️リリース情報
なきごと「夢幻トリップ」
TVアニメ『素材採取家の異世界旅行記』エンディングテーマ曲
10月8日(水)デジタルリリース
配信:https://erj.lnk.to/ENELpc
◾️アニメ情報
TVアニメ『素材採取家の異世界旅行記』
・放送情報
2025年10月6日(月)24:00よりTOKYO MX、BS11にて放送開始
2025年10月8日(水)22:30よりAT-Xにて放送
アニメ公式サイト:https://www.sozaisaishu-pr.com/
・スタッフ
原作:木乃子増緒(アルファポリス刊)
原作イラスト:海島千本/黒井ススム
漫画:ともぞ
監督:小高義規
シリーズ構成:市川十億衛門
キャラクターデザイン:渡辺まゆみ
プロップデザイン:荒牧園美、佐藤嘉洋(スターロイド)
美術デザイン:アトリエPlatz
サブデザイン協力:森亜紀子、カルトン株式会社
色彩設計:大野嘉代子
美術監督:松本浩樹(アトリエPlatz)
撮影監督:長野慎一郎(ライトフット)
編集:藤本理子(岡安プロモーション)
音楽:高木 洋
音楽制作:茂住亮介(フェイスミュージック)
音響監督:山本浩司
音響効果:明妻恭平
録音調整:武藤雅人
音響制作:Ai Addiction
プロデュース:ジェンコ
アニメーション制作:タツノコプロ × SynergySP
・キャスト
タケル:島﨑信長
ビー:伊藤彩沙
ブロライト:小市眞琴
クレイストン:森川智之
プニさん:佐藤聡美
©木乃子増緒・アルファポリス/素材採取家の異世界旅行記製作委員会