なきごと、言葉にできない感情を音楽にする意味 開けていく中でも変わらない“人”への眼差し

なきごとが鳴らす、言葉にできない感情

 『ふたりでいたい。』は、なきごとがポップであることに正面から向き合ったようなアルバムだ。高田真路(chef's)、江口亮、岩﨑慧といったアレンジャーを初めて全編に迎えたことも相まって、これまでで最も幅広くバラエティに富んだ楽曲が並びつつ、心の内側に抱えるどうしようもない葛藤や孤独、誰かを愛おしく思う気持ちは、さらに淀みなく真っすぐに響いてくる。結成から5年以上を経て、周囲との関係性の中で少しずつ変化してきた“音楽と向き合う姿勢”、そして揺らぐことのない“音楽で届けたい願いやピュアな感情”が、10通りのポップソングの中で弾けた本作。音楽的に開けていく中で、ますます純度が高まっていくなきごとらしさについて、水上えみり(Vo/Gt)、岡田安未(Gt/Cho)に話を聞いた。(信太卓実)

自信ないがゆえの“怒り、愛しさ、願望”が色濃く表れた

――ヘヴィなギターが唸りを上げる「sniper」、オルタナっぽい「またたび」、どことなくファンキーな印象の「マリッジブルー」など、ポップでバラエティ豊かな楽曲が並ぶアルバムになったと思いますが、手応えはいかがでしょうか。

水上えみり(以下、水上):なきごとってギターとボーカルだけのバンドなので、上モノ以外はどんなことをやってもなきごとになるんだなって。私はそこまで「これじゃなきゃ!」みたいに自分たちのジャンルを気にしていないので、こういう振り幅ができているのかなと思います。

――全編アレンジャーがいるアルバムは初めてですが、アレンジャーが入ったからこそ特に刺激的だった曲はどれでしょう?

水上:「マリッジブルー」は鍵盤が入ったことで今までにないものになりましたね。猫の鳴き声が入ってるところもいいなって。あとはシングルで出した「退屈日和」。この曲で初めてアレンジャー(岩﨑慧)を迎えたんですけど、私、アレンジャーに対してプラスのイメージがあまりなかったんですよ。自分のやりたいことができなくなって、曲をぐちゃぐちゃにされちゃう……みたいに思ってたんですけど、私が音楽的に尊敬している人たちにお願いしたこともあって、涙が出るくらい曲が良くなって。コーラスワークもまさか自分の曲に入れるとは思いもしなかったですし、言葉にならない心がブルブルと震える時のあの感情が、アレンジやコードにすごく出るようになったりとか。昔に比べて演奏は難しくなってきてるんですけど、「めちゃくちゃいい曲にしてもらったんだからギター頑張ろう」と思えるくらい、すごくいいアレンジになりました。

なきごと / 『退屈日和』【Music Video】

岡田安未(以下、岡田):ギタリストとして新しい表情を出せたのは「sniper」かもしれないです。今回のアルバムは全体的に音が何重にも重なっているところが多いんですけど、中でも「sniper」はいろんな空間系エフェクターを使って音を重ねました。アレンジャーの江口(亮)さんの力を借りつつ、その場で考えたフレーズを弾いて、それを聴いてさらにその場で考えて……みたいなレコーディングがとても楽しかったですね。他には「終電」も意外と新しい表情が出せたんじゃないかなと思ってます。サビ中でここまでギターフレーズが動いてる曲は私の中であまりないので、デモを送った時に怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしてました(笑)。

――ひと言でいうと、水上さんにとってはどんなアルバムになりましたか。

水上:こうして曲を並べてみた時に、主人公がバラバラで全然違うというのは私の中であるあるなんですけど、やっぱり自分の中にある一貫性が綺麗に出ている感じもしていて。自分がどういうクリエイティブをする人間なのか、見つめ直せた1枚になったのかなと思います。

水上えみり

――その一貫性というのはどういうものでしょう?

水上:言葉の意味の裏側を取る癖があるところとか、自分自身を疑っている主人公が常にいる感じはありますね。自信ないがゆえの怒りだったり、愛しさだったり、もっとこういう自分を愛せるようになりたいという願望だったり、そういうものが1曲ずつに色濃く出たのかなと思います。

――例えば「ゆらゆら」は夢と現実の狭間で彷徨いながらも、まだ夢を諦められない主人公の心情を歌っていますよね。ピュアに夢を見ることが難しくなっている感じ、夢の先に〈慣れ〉や〈絶望〉を見てしまっている感じがすごくリアルで、刺さりました。

岡田:夢って憧れや希望が強ければ強い分、比例して諦めの意識も強くなるんじゃないかなと思っていて。夢を追いたいけど、歳を重ねるごとに夢だけのことを考えるのは難しくなる。でも夢が夢なだけに、追いかけたいというゆらゆらした気持ちはあって。その先にあるのは絶望か希望か……夢を追う/追わないを強く考えさせられる私たちの年齢の心にズンッと響くというか、これでもいいんだと思わせてくれる曲です。

水上:“諦めること”って、人生の中で結構大きなテーマになってきていて。しがみついて努力して、なんとしてでも思い描いていた場所まで行くという方法もあるけど、頑張るところと諦めるところを上手く使い分けることで、人は生きていけるのかもしれないなと。その狭間で何が自分にとっての一番の幸せで、どこまで諦められるのかとか、そういうところを歌っています。

岡田安未

――自分のこれからの幸せについて考えていた時期だったということでしょうか。

水上:そうですね。これからの幸せが何かって、まさに私はすごく悩んでいるところで。「ゆらゆら」は、明るい未来のためにどうするかってことよりも、今の自分の心情をまっすぐに書いた感じです。最後、〈諦め悪いな〉のあたりってすごくダラダラと歌詞が続いているんですけど、そこが自分らしくて気に入ってる部分で。ダラダラと歌っている中で、正解を探し求めて感情がゆらゆらして、迷っているような曲ですね。でも「諦めたくない」っていう情熱が残っている感じをちゃんと表現したかったので、こうなりました。

――曲として綺麗に整理すること以上に、素直な感情をそのまま落とし込むことが優先されている感じがして。その最後のパートはすごくいいですよね。

水上:10代だったら書けない歌詞ですね。でも「深夜2時とハイボール」とかも最後ダラダラ歌っている曲だったんですよ。死にたいと思った感情を救ってくれた人がいて、生きてることをどうにか正当化したくて、考えをダラダラと述べることによって延命している、みたいな。そういう表現の仕方は変わってないなと思います。

――バンド名にも通ずると思いますけど、モヤモヤした気持ちを言葉にするだけでちょっと楽になったりとか、普段は言えないけど音楽の中でなら吐き出せたりとか。そこを体現しているのがなきごとなんだなって、改めて思いました。

水上:まさに同意見です。やっぱり言葉だけで見ると“絶望”って黒くてズシンと重たい感じがするんですけど、音楽の中で楽器やメロディと重なることで、重たすぎないものになれる気がしていて。「言葉にできなかった感情を言語化してくれる歌詞に救われた」と言ってくれたファンの言葉を聞いて、すごくなきごとらしい音楽をやれているんだなと思えました。

――「諦めることが大きなテーマ」という話もありましたけど、ゆらゆらした気持ちの中で、それでも諦め切れないもの、譲れないものって何だと思いますか。

水上:それは、人を大切にするってことなのかなと。私、やっぱりノイド(所属レーベル=[NOiD])だなって思います(笑)。

――(笑)。

水上:the pillowsの「Funny Bunny」を大人になってから聴いたんですよ。〈キミの夢が叶うのは/誰かのおかげじゃないぜ〉ってすごく勇気をもらえる歌詞だなと思ったんですけど、その時、私の場合は周りにいる人たちに支えられながら音楽活動をやっているんだなと強く思って。やっぱり自分だけだったらできなかったことがたくさんあるからこそ、そういう人たちを大切にしたいんですよね。関わってくれる人が増えれば増える分だけ、夢への責任も大きくなるじゃないですか。その重圧に耐え切れなくなりそうな時もあるし、でも前を向いていたいし……みたいな。そういうことを考えてました。

――もっと言うと、それだけ人のことを意識したきっかけは何なんでしょう?

水上:初期のなきごとの曲は内向的というか、自分の中だけで完結しちゃう曲がすごく多かったんですけど、コロナ禍を過ごしていた時に、“ライブハウスは悪だ”みたいな風潮があったにも関わらず、それでも救いを求めてライブハウスまで来てくれる人たちが目の前にいて。それを見た時に、「こういう人たちにもっと届けたい」という気持ちが芽生えました。そこから曲を書いていく中で、去年の初ワンマンを迎えて。ワンマンライブって自分たちのことを好きな人だけの空間だと思っているので、「こういう人たちがなきごとを聴いてくれてるんだ」というのを見て、より外へ外へ、リスナーを意識した歌詞の書き方にもなってきていると思いますね。

“ふたり”というタイトルが体現する水上えみりの眼差し

――アルバムタイトルの『ふたりでいたい。』には、水上さんと岡田さんの関係性だけでなく、そういうなきごとを取り巻く人との関係性も含まれているのかなと想像していましたが、どういう意図がありますか。

水上:まず、シングルのタイトルから続けて読むとちゃんと一文になるようにしたくて。『君と暮らしの真ん中で』『素直になれたら』『ふたりでいたい。』って、文が成立するように最後に丸をつけてます。歌詞を書く時に、数字で〈2人〉って書く時と、ひらがなで〈ふたり〉って書く時があって。〈2人〉だと1人と1人が合わさって2人になっているので、両者の間にどこか壁を感じてしまって、言葉で書いた時に今回の場合は違和感があったんですよ。“ふたりでひとつ”みたいな見え方がよかったんですよね。なきごとにおいてもそうだし、なきごとを支えてくれている周りの人や、ライブを観に来てくれる人に対してもそう思っているから、〈ふたり〉の方がしっくりきていて。揚げ足取りなんだと思います(笑)。

――人と人とが音楽を通して垣根なく混ざり合うイメージというか、そういう理想や願いにも繋がってくるということでしょうか。

水上:うーん、理想というか……人と人の間に壁があるのは当たり前だと思っているんです。それは家族や恋人、どんなに仲が良い友達同士であっても拭い去れないもので。壁の薄さとか高さは、それぞれの関係値によって違うと思うんですけど、数字で2人って書くと、その壁が明らかなものとして見えやすくなっちゃう気がするので、〈ふたり〉って書いている気がします。でも、すごく低かったり、透明でラップのように薄い壁だとしても、それが破けたら終わりだと思っているんですよ。リスペクトみたいなもので、それだけは残しておいてほしいと思ってるのかもしれない。だから理想や願いというよりも、私が見えている感覚に近いんだと思います。

――なるほど。

水上:その壁も含めて部屋みたいに捉えることで、1対1ではなく、当事者同士で繋がっている感覚のまま、一歩引いて尊重し合える気がしていて。しかもその考え方だと、意外と腑に落ちることがいっぱいあるんですよ。自分側と相手側の壁の固さが違う場合もありますし、はたまた小窓がついてるパターンもあれば、相手の顔が見えないくらい分厚い壁の時もあったりとか。人と人って難しいんですよね。最近ちょっと思うのは、夫婦だとしても、手を繋げるくらいの薄くて液体みたいな膜がある方が理想的なのかもしれないなって。やっぱり相手のことをリスペクトできなくなったら、終わりになっちゃうじゃないですか。

――例えば「またたび」を聴いていると、ふたりの間の壁が薄くなって近づいている感じがしますね。今作では葛藤や苦悩だけでなく、幸せについても歌われている印象で、「ゆらゆら」の〈幸せは近くにあればあるほど霞む〉の幸せって、「またたび」みたいなことなのかなって想像したりしていました。

水上:〈ルームフレグランス〉のくだりですよね(笑)。まさにそれは思っていて。お店で「この匂い、いいな」と思っても、部屋に置いておくと1週間もすれば当たり前になりすぎて、ただの空気みたいになってしまう。ちょっと寂しい気もするんですけど、「またたび」ではそれをポジティブに変換しています。それくらい一緒にいられる関係がすごく愛おしいし、君のことが大好きだから、君のことは特別に許してあげよう、みたいな。聴いてくれた人が、好きな人にこの気持ちを持って告白してくれたらいいなと思うくらい、すごくピュアな告白ソングというか。話していても、暑くなってきました(笑)。

なきごと / 『終電』【Music video】

――(笑)。「終電」もすごくピュアな曲でしたけど、「またたび」では〈きみのことが好きです〉まではっきり歌っていて。ここまでの曲を書けたのはどうしてなんでしょう?

水上:「終電」はすごくまっすぐで、本当に突っ走りたくなるような行動力溢れるラブソングなんですけど、「またたび」はもうちょっと気持ちの面が大きい内側の曲で。というのも、昨年末ぐらいからいろんな人に「好きって何だと思う?」ってよく聞いていて。“愛”と“好き”は似ているけどまた別だし、愛よりも先にくる“好き”って何だろうと考えて、自分なりに1つの答えにたどり着いたのが「またたび」ですかね。

――どういう答えが出たんですか。

水上:「またたび」でいうと、やっぱり“あなたのことを知りたい”っていうのが好きの原動力だなと思って。あと「安酒にロマンス」でいうと、“もう少し一緒にいたい”っていうのも好きじゃないと生まれてこない感情だと思うので、その2点が、今のところ腑に落ちている“好き”の正体かなと思っています。

――では、愛の方は?

水上:何だろう……嫌いな部分も含めて、どんなところも受け入れられるっていうのが“愛”ですかね。受け入れなきゃというよりも「受け入れられる」の方がたぶん近くて。「グッナイダーリン・イマジナリーベイブ」はそれがキーになっていて、「どんな自分も愛せますように」っていう、おまじないみたいな曲なんです。〈ダーリン〉とか〈ベイブ〉が出てくると、「誰かに対しての曲かな?」と思われがちなんですけど、自分の中の大人な部分と子供な部分に対して、内側で葛藤してる曲なんですよ。海外ではダーリンもベイビーも愛している人に対して使われる言葉ですけど、日本ではやっぱりダーリンは大人で、ベイビーは赤ちゃんみたいなイメージだと思うんです。その意味を使って、内側にいる大人にならなきゃいけない自分を〈グッナイダーリン〉ってなだめて、もう一方の子供っぽくて駄々こねたり、わーって泣きたくなるような自分を〈イマジナリーベイブ〉と表現して、「どちらの自分も愛せるように」っていう気持ちを込めて書きました。

 夜に悲しくなって、めちゃくちゃ涙が出る時もあると思うんですけど、そういう辛い時間も風邪で熱が上がってる時と同じように、時間が経ったらだんだん冷めて、涙も引いて楽になってくるよ……っていう。赤ちゃんってめっちゃ熱が出やすいから、そういう部分とも掛けてみました。どうしようもないほど泣きじゃくってもいいけど、この曲が終わったらどこかスッキリして、前を向けずとも「自分の答えを見つけよう」くらいに思ってくれたらいいなって。

なきごと / 『グッナイダーリン・イマジナリーベイブ』【Music Video】

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