藤井 風『Prema』評 宇野維正:本作が“インスタントクラシック”となった3つの理由

グローバルに向けた新しいトレンドの提案

 “本格的な海外進出”という点で全英語詞であることよりもはるかに重要なのは、『Prema』が世界の音楽シーンに向けて、新しい音楽的なトレンドを提案していることだ。それがどの程度まで周到に練られたものなのか、あるいはどの程度まで偶然に行き着いたものなのかはわからないが、現在の世界的なトレンドに則った作品ではないにもかかわらず、多くの人が潜在的に欲していたサウンドが『Prema』では具現化されている。少なくとも、2022年から2024年にかけてNewJeansで同じく新しいトレンドをグローバルに向けて提案することに成功したメインプロデューサーの250の視野にはそこまで入っていただろうし、試行錯誤を経て最終的に彼にプロデュースを託すことにした藤井のアンテナは正しい方角を向いている。

Fujii Kaze - Prema [Official video]

 トッド・ラングレン、ビリー・ジョエル、ダリル・ホール&ジョン・オーツ、ボズ・スキャッグスなどなど、ちょうどマイケル・ジャクソン『スリラー』(1982年)が当時のあらゆる記録を塗り替える大ヒットを飛ばしていた1982年〜1984年前後のビルボード・ヒットチャートを彩っていた、ブルーアイドソウルやAORの名曲の数々を思わせるキャッチーなメロディと抑揚豊かなコード進行。そして、『スリラー』と『BAD』(1987年)の長いインターバルを補完するようにヒットを連発していた、妹のジャネット・ジャクソン、あるいはニュー・エディションなどのキャンディーポップ的なR&Bを思わせるサウンドプロダクション(いずれも代表曲のサウンドのキーマンはジミー・ジャム&テリー・ルイスだ)。

 同じようにジャンルやアーティストの具体名を挙げているコメントやレビューもいくつか目にしたが(中には「それは単純に間違いでは?」というものも……)、『Prema』のユニークさはそれらの要素が複雑に絡み合っていることで、同じ全9曲ということも含めて明らかに『スリラー』やジャネットの『コントロール』(1986年)をアルバム全体のリファレンスにはしているものの、マイケルそのままやジャネットそのまま(「Forever Young」からはかなりそれに近い印象を受けたが)という曲はなく、メロディラインの主なリファレンスは80年代前半の北米のヒットチューン、サウンドプロダクションの主なリファレンスはもうちょっと後の80年代後半の北米のR&Bという、絶妙なバランスで仕上げられている。

 クリス・ブラウンやザ・ウィークエンドを筆頭に、マイケルをロールモデルの一人として、直接的にオマージュを捧げてきたスーパースターは2010年代以降も途絶えることはなかったが、『スリラー』や『コントロール』を、その時代のヒットソングもひっくるめてそのまま一つのアルバムの作品世界に反映させて、2020年代の最新のサウンドに細部をリファインしてみせた『Prema』のような作品はありそうでなかった。

 と思いきや、『Prema』がリリースされた2週後、9月19日にリリースされて当然のように米ビルボード・アルバムチャート初登場1位を記録したカーディ・Bのニューアルバム『Am I The Drama? 』では、「On My Back」でジャネットの「Funny How Time Flies (When You're Having Fun)」(『コントロール』収録)をサンプリング、「Principal」ではなんとジャネット本人をフィーチャリングと、にわかにジャネット再評価の機運が高まっている。そうやって同時多発的な現象が起こるのも、ポップミュージックの面白いところだ。

Cardi B - On My Back (feat. Lourdiz) [Lyric Video]
Cardi B - Principal (feat. Janet Jackson) [Lyric Video]

 今のところ、日本国内における『Prema』の爆発的ヒットと比べると、海外のヒットチャートにおいて際立った動きは少ないが(繰り返すが、“本格的な海外進出”は『Prema』の創作動機の中心にあるものではないだろう)、リリースから2年以上経ってからいきなり世界中で火がついた「死ぬのがいいわ」のように、今後アルバム『Prema』が、あるいはその中の収録曲が、いつどの国や地域でムーブメントを巻き起こすことになるかわからない。来年1月にインドで開催されるロラパルーザ(『Lollapalooza India 2026』)、そして4月のコーチェラ(『Coachella Valley Music and Arts Festival 2026』)で大きなスロットを任されるであろうこと(それだけ各国のプロモーターからも期待されているということ)もふまえて、その可能性は大いにあると予言しておこう。

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