ヒトリエ、wowakaとVOCALOIDがバンドに与えたもの 『初音ミクシンフォニー』初出演を機に振り返る10年史
昨年から今年にかけて、メジャーデビュー10周年という大きな節目を迎え、それを記念したさまざまな企画を繰り広げてきたヒトリエ。wowakaが作ったバンドは、彼がいなくなったあとも、シノダ(Vo/Gt)、イガラシ(Ba)、ゆーまお(Dr)の3人によって進化とアップデートを続けている。
今年リリースされた3人体制で3作目となるアルバム『Friend Chord』は、この3人のヒトリエのグルーヴとコンビネーションが早くも最初の成熟を迎えていることを物語る、充実した作品だった。そんな今だからこそ、過去を振り返ることにも意味がある。この度、VOCALOID楽曲をフルオーケストラで演奏する『初音ミクシンフォニー』の10周年記念公演、その横浜公演と神戸公演にゲスト出演することが決定したことを契機に、改めて彼らにこの10年の歩み、そしてそのなかでヒトリエを突き動かしてきた思いを語ってもらった。(小川智宏)
『初音ミクシンフォニー』出演は「ちょっとイメージできていない状態」(ゆーまお)
――今回の『初音ミクシンフォニー』出演のオファーを受けて、どんなことを感じましたか?
ゆーまお:大丈夫かな? と思いました(笑)。ロックバンドなので。
シノダ:オーケストラっていうカッチリしたところに、僕らみたいなライブをやっているバンドが交われるのかなって(笑)。
ゆーまお:だから、ちょっとイメージできていない状態で今現在も過ごしています。こんな感じになるっていうアレンジのデモ音源を聴かせていただいたんですけど、それでもどうなるのか想像ができない。実際にやってみないとわからないですね。
イガラシ:でも、すごい素敵なお話をいただけたなとは思いました。誰にもできる経験じゃないと思うので本当にありがたいなと思っているし、すごく楽しみです。
――今回、「アンノウン・マザーグース」と、メドレーで「裏表ラバーズ」「ローリンガール」「アンハッピーリフレイン」「ワールズエンド・ダンスホール」が演奏されることになっています。
シノダ:磐石のラインナップですね(笑)。
イガラシ:「裏表ラバーズ」はヒトリエで1回だけライブでやったことがあるぐらいなんです。
シノダ:そう、吉祥寺のCLUB SEATAというライブハウスで。
イガラシ:それもVOCALOIDにまつわるイベントだったんで、その日しかできないことをやろうっていうので、特別にその日のために練習してやった記憶があります。
シノダ:2回目が今回の『初音ミクシンフォニー』だから、開きがありすぎる(笑)。
――それ以外の3曲はライブでも結構やっていますよね。
シノダ:やってますね。でも「ローリンガール」とか「アンハッピーリフレイン」とかは同期を使わずに3人だけでやる形にしているので、単純に俺が死ぬほど忙しいんですよね。リフ弾いてエフェクターをわーってやって……だからわけわかんないなっていう印象しかない(笑)。
――そもそもwowakaさんが書いた時点で、人が歌うことはあまり想定されていなかったでしょうしね。
シノダ:まあ、だからこそヒトリエに俺が呼ばれたんだろうなと思いますし。最初は僕のいない3人でヒトリエをやってたんで、そりゃギターもう1本いるわ、っていう。
「いちばんは結局生身で歌ってるバンドに憧れていて」(イガラシ)
――シノダさんがバンドに加入したのが2012年ですよね。そして2014年にメジャーデビューを果たして、昨年ちょうど10周年を迎えたわけですが。
シノダ:もうそんなになるんですよね……。
――10周年ではいろいろメモリアルなこともやりましたが、改めてそれだけの長い時間バンドを続けてきたという実感はありますか?
シノダ:そうですねえ。何かひとつのことが10年以上も続いたことなんてないので。意外と根性あるなあ、と自分では思います。結構意地でやってる部分もあるし。
ゆーまお:なんか、意外と長く続けられてるなあっていう実感が湧いたのが結構最近で。主観だからなんでしょうか、あまり長いことやっているようなイメージを自分では持っていないんですよね。時間をかけた結束力みたいな文脈って、少なからずどのバンドにもあるじゃないですか。それが自分たちにもあるかもしれないなんて思ったのが去年、今年くらいなんですよ。
シノダ:そうだね。
ゆーまお:新参者の気分でいたし、そういうふうに続いているバンドとしては見られてないんじゃないかなって勝手に思ってたんで。でもヒトリエに影響を受けたっていう後輩たちが現れたりとか、そういうのが具体化されてきて、自分たちのことを客観視するようになりましたね。
シノダ:10年前はルーキーだったもんね。
ゆーまお:だし、同期だった人たちも意外とみんな辞めてるし。そう考えるとわりとやってるなとは思いました。
――先ほどシノダさんのお話にあったとおり、最初はwowakaさん、イガラシさん、ゆーまおさんの3人で「ひとりアトリエ」というものを始めたのが現在のヒトリエのスタートラインで。それが今から13年前なんですけど、当時、ボカロPとして活動していたwowakaさんから「バンドやろう」って声をかけられたときの最初の印象ってどういうものだったんですか?
ゆーまお:最初は「コピバンやろう」みたいな勢いだったんですよ。ふたりいっぺんに声をかけられたんです、ライブハウスのバーカウンターで。「NUMBER GIRLのコピバンをやりたいから一緒にやろう」って。
イガラシ:それ、覚えてないんですよね。wowakaが言ってたの?
ゆーまお:言ってた。俺らふたりで飲んでて――。
イガラシ:それは覚えてる。
シノダ:会話に参加してなかったの?
ゆーまお:参加してたよ(笑)。喋ってた。「やろう、やろう」って。
イガラシ:それは覚えてるんだけど、NUMBER GIRLの文脈だけ全然覚えてない。
ゆーまお:もともと、イガラシとふたりで「バンドできたらいいよね」みたいな話はしていたんですよ。楽しそうだよねって。そこにwowakaが声をかけてきた。それぐらいの軽い感じだったんです。
――確かに、「NUMBER GIRLのコピバンやろう」っていう声の掛け方は、遊びというか、気楽な感じだったんですね。
ゆーまお:そうそう、気楽にみんなでスタジオ入りたい、みたいな。そういうニュアンス、感じ取らなかったですか?
イガラシ:そうだっけ。結構熱い話もしてたよ。wowakaは「自分で歌いたい」と言っていて、その印象のほうが強かった。
ゆーまお:wowakaは自分の横並びのボカロPとか作家さんたちが自分で歌っているかっこいい姿をライブで観ていたわけじゃないですか。それがたぶん羨ましかったり、悔しかったりしたんだと思うんですよね。その意思を結構汲み取った記憶があります。「俺だってやりたいんだ」みたいな。脚光を浴びないところでやっていたはずなのに、表に出たらみんな歌がうまくて、なんかキャッキャ言われてて、「許せねえ」みたいな(笑)。
――なるほど、「俺もやってやるぞ」っていう。
ゆーまお:そう、「俺もやるぞ、だから一緒にやろう」みたいな。
シノダ:「絶対俺のほうがすげえし」みたいな感じは絶対あっただろうなと思う。
ゆーまお:その場にいなくてもわかるでしょ?
シノダ:わかる。思わないわけがない、あの人が。
イガラシ:ちょうどwowakaは『アンハッピーリフレイン』っていうアルバムを出した後ぐらいのタイミングだったと思うから、VOCALOIDで曲を発表することに対してある程度の手応えはあったんだと思うんです。でもいちばんは結局生身で歌ってるバンドに憧れていて、それがうまくできなかったっていうところからVOCALOIDをやってたところもあるから、バンドでもう一度やっていきたいという思いがいちばん高まっていた時期だったんだと思いますね。