タイラー・ザ・クリエイター、『CHROMAKOPIA』と『DTTG』の見事な融合 合唱の渦で満ちた8年ぶりの来日公演

 定量的なデータや論文が見つかったわけではないのだが、現代の日本人は昔の日本人に比べて黒い服を好む傾向にある、といった話を見聞きしたことのある読者も多いだろう。それだけに、緑や赤の服を身に着けた人々は、群衆の中で少し目立つ。9月10日17時頃、拙宅の最寄駅では、この度のツアー『CHROMAKOPIA: THE WORLD TOUR』でのタイラー・ザ・クリエイターを意識したと思しき緑の服を着た女性と鉢合わせた。それから副都心の某駅に着くと、同様の人が身の回りだけでも数人。そして、今回の会場である有明アリーナの最寄駅の一つに着くと、私は“タイラー集団”に囲まれていた。最高気温31.6℃のその日に着るにはどう考えても適していないものの、どうしても会場で着用したいと思い、本年5月にGOLF WANGで購入した『CHROMAKOPIA』のフーディを手に持った筆者にとって、その状況は妙に心地よかった。

 一般論として、あるアルバムをプロモートするツアー中のアーティストが、その期間中に新しい作品をリリースすることは珍しい。「ルールなんてないんだ」と言ってそれをやってのけたタイラー自身も、これについては、いわばセオリー通りの動きではないと認識しているようだ(※)。前作『CHROMAKOPIA』をツアー名に冠しているものの、最新作は『DON’T TAP THE GLASS』(以下『DTTG』)というこの状況を、彼がどう“料理”するのかは、今回の来日公演における見どころの一つであった。

 はたして、その結果は見事なものとなった。

『CHROMAKOPIA』
『DON’T TAP THE GLASS』

 『DTTG』における最初の収録楽曲「Big Poe」は、「1. 身体を動かすこと。じっと座るのは禁止……」などといった注意事項のアナウンスから始まる。そのイントロが流れ、誰も居ないステージのバックスクリーンにその文言が映し出されると、ステージは暗転。次にステージ上がライトに照らされる時、そこに立っていたのは、赤いレザーのセットアップに身を包んだタイラー・ザ・クリエイターであった。「今は『CHROMAKOPIA』の衣装じゃなくて、口髭とレザージャケットとジョーダン4の気分なんだ」と言っていた(※)、あのタイラー・ザ・クリエイターだ。

 身長185cmの彼は、時にその長い手足をコミカルに動かし、時に気取ったようにその場でスピンしてみせたりしながら、エナジェティックにステージ上を動き回り、見事なブレスコントロールでラップしていく。「Sugar On My Tongue」のコーラス部分に差し掛かると、そんな彼に呼応するかのように飛び跳ねるスタンディング席のクラウドがスクリーンに映し出される。「Big Poe」冒頭の注意事項通り、じっと座っている者など皆無だ。

 バンドセットもDJブースもなく、バックアップダンサーも不在のステージ上でひとりパフォームしているタイラー・ザ・クリエイターを見るのは、想像していた以上に不思議な体験だ。観客を熱狂させるだけのパフォーマンスの技量と、学芸会で発表する目立ちたがりな子供のようなエナジーが、奇妙に同居している(余談ではあるが、7歳の時分、彼はアッシャーを気取っていたのだそうだ/※)。

 
 
 
 
 
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 「Sugar On My Tongue」が終わると、今度は『CHROMAKOPIA』収録の最初の4曲が曲順そのままに披露される。「St. Chroma」では作品名のチャント部分、「Rah Tah Tah」では〈Twenty thousand on me〉から始まる部分など、お決まりの合唱パートに観客もバッチリ応える。

 そんな場内のボルテージが一つ目の山場を迎えたのが、ショウの前半で「EARFQUAKE」が披露された時であった。タイラーの代表曲ともいえる同曲の歌唱を任されたのは我々だ。「この曲を知っているなら、歌って。この曲を知らないなら、それでも歌って」という、この日の観客に向けた茶目っ気たっぷりのタイラーの呼びかけは、おそらく本人も予想していた以上のかたちで応えられることとなった。

 それからしばらく過去作の有名曲がメドレー気味に披露され、「She」ではフランク・オーシャンのパートで、タイラーが再び観客にマイクを向ける。「IFHY」ではステージに横たわったタイラーが天井から映し出され、一旦チルアウトしたかと思えば、「LUMBERJACK」では彼がステージを降りて通路を歩きながらラップするというサプライズもあった。

 ショウの終盤で『Flower Boy』収録の人気曲「See You Again」が披露されると、やはりここでも大合唱が起こり、この夜2回目の山場を迎える。最後は前日にパフォームされなかった「I Hope You Find Your Way Home」。この日のタイラーは何度もお辞儀をして「アリガトウ」と言っていたーー日本のファンへの感謝と、文化や気遣いへの賛辞を口にしながら。

 自らの人生に向き合った内省的でスピリチュアルな『CHROMAKOPIA』と、ただひたすらにやりたいことを詰め込んだと本人も語る『DTTG』という、ともすれば水と油のようにも思える両作を、タイラーはステージ上で見事に融合させてみせた。そういえば、スクリーンに映し出された「DON‘T TAP THE GLASS」の文字をよく観察すると、NとTの間にあるアポストロフィーが逆向きになっていた。これは『CHROMAKOPIA』のカバーアートで文字列の両端に配されたツノのようなものを引き継ぐ意匠であり、タイラーのアートが離散でなく連続の中に存在していることを示すものである、というのは考えすぎだろうか。

 
 
 
 
 
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 この日、有明アリーナに集ったファンは、行き帰りと会場内で視界いっぱいに映る緑や赤の服に身を包んだ仲間の存在を認め、「EARFQUAKE」や「See You Again」を合唱し、確かな一体感を覚えたはずだ。そのような機会が嬉しいことにまたあることは間違いないであろうし、同時に、その時々の気分に忠実に作品を作りステージに立つタイラーのショウが、どれ一つとして同じものにならない、つまり、どれ一つとして見逃せないものになるであろうこともまた、事実なのである。

※ https://youtu.be/Xnj1zy1Cz5Q

セットリストのプレイリスト
https://TylerTheCreatorJP.bio.to/CHROMAKOPIA_TOKYOSETLISTRE

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