“日本発音楽フェス”の海外展開はなぜ続く? 『サマソニ バンコク』『CENTRAL』から考えるアジア市場の可能性
『Lollapalooza』や『ULTRA MUSIC FESTIVAL』(以下、『UMF』)といった海外有名音楽フェスの国外進出は早くから成功を収め、新たな音楽ビジネスモデルとして確立されてきた。また、『UMF』の日本版として根づいた『ULTRA JAPAN』をはじめ、イギリス発のロックフェスの日本版として過去2度開催された『Download Festival Japan』など、海外発の大型フェスが日本の音楽シーンに新たな刺激をもたらしてきた過程もある。
そうした国際的な流れを背景に、2025年は日本の音楽シーンでも新たな潮流が生まれている。『SUMMER SONIC』(以下、『サマソニ』)、『CENTRAL MUSIC & ENTERTAINMENT FESTIVAL』(以下、『CENTRAL』)という2つの日本発の音楽フェスがバンコク、台北、クアラルンプールといったアジアの主要都市で同時期に開催されるという動きだ(ASIAN KUNG-FU GENERATIONがキュレーションする『NANO-MUGEN FES. 2025』もジャカルタでの開催を予定していたが、残念ながら中止となった)。
このような日本発の音楽フェスという“体験”を輸出する意義はどこにあるのだろうか。
フェスごとの異なるコンセプトを活かした海外展開の在り方
海外進出を進める2つの音楽フェスの内容を見ていると、それぞれに異なる背景と戦略が浮かび上がってくる。昨年初開催され、今年8月に再びバンコクで開催される『SUMMER SONIC BANGKOK 2025』は、アリシア・キーズ、Black Eyed Peasといった世代を超えて愛されるグローバルスターから、21 Savage、カミラ・カベロなどの現在進行形のヒットメーカー、さらにBABYMETAL、Creepy Nuts、BE:FIRST、Snow Man、きくお、LET ME KNOWといった多彩な日本勢、地元タイのBUS、Jeff Satur、韓国のThe Roseなどアジア各国のアーティストまでを組み合わせ、『SUMMER SONIC』が日本で確立した、海外アーティストと国内アーティストの共演という成功モデルをそのまま活かした戦略を取る。
一方、「日本の響きを世界へ」というコンセプトを掲げる『CENTRAL』は、ソニーミュージックグループが中心となる実行委員会が主催する新たな音楽フェスだ。今年4月の横浜エリアでの大規模開催に加え、同月には台北とクアラルンプールでもラインナップを絞った公演を行っている。この海外公演では、両公演に新しい学校のリーダーズとキタニタツヤが出演したほか、台北に櫻坂46やHANA、クアラルンプールにCreepy Nutsと海外での訴求力が高い日本のアーティストが出演するという展開が特徴的だ。
このように日本発の音楽フェスと一口に言っても、2つのフェスはそれぞれがコンセプト、ターゲット層において異なるアプローチを取っており、その海外進出プランには明確な違いがある。
しかし、海外進出には数多くの現実的課題が伴うこと明らかだ。例えば、言語・文化の壁は最も基本的な課題であり、特に効果的なマーケティング、現地のファンダム文化や期待値の理解など、文化的な差異への対応が求められるだろう。その意味で『SUMMER SONIC BANGKOK』や『CENTRAL』のラインナップに見られる現地アーティスト枠は、こうした障壁を低くする試みのひとつだと思われる。
また、現地パートナーとの関係性の構築も成功の鍵となるだろう。信頼でき、かつ実行能力のある現地のプロモーター、スポンサーを見つけることはおそらく簡単ではない。その点で言えば、『CENTRAL』は開催地にZepp会場を選んでいるが、これは運営に関わるソニーミュージックグループの国際的なネットワークを活用できる強みが表れている部分だ。
そして、特に難しいのはフェスのローカライズとブランドアイデンティティのバランスをどう保つかということだろう。つまり、海外進出する日本発の音楽フェスは、その体験を現地向けにどの程度調整するかを考えつつも、同時に「日本発」というブランドの魅力を損なわないようにするというさじ加減の妙が問われることになる。その点で考えると『SUMMER SONIC BANGKOK』は『サマソニ』というすでに日本で確立されたブランドであることを前面に押し出せるという大きな強みを持つ。一方、『CENTRAL』はよりJ-POPアーティスト中心の構成で、「日本の音楽」そのものを核とした魅力づくりを目指しているように思える。こうした特色の差別化がそれぞれのフェスの海外進出における成功を左右する鍵となるはずだ。
アジア進出の追い風を生み出している様々な要因
2つの日本発の音楽フェスが同時期にアジア展開を行う現象の背景には、日本の市場を取り巻く複数の要因が関係していると思われる。まず最も顕著なのが、国内市場の成熟と競争の激化だ。 現在は『サマソニ』や『FUJIROCK FESTIVAL』、『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』など大型フェスの定着に加え、各地でアーティスト主催の地域密着型フェスも増加。さらに中小規模のローカルフェスが1年を通して開催されるなど、国内市場はすでにある程度の飽和状態に達している状況だ。
これに対して、著しい経済成長や若年層人口の多さ、都市の発展によってライブエンタメ需要が高まっているアジア各国は、魅力的な市場となっている。例えば、「Cognitive Market Research」の調査によると(※1)、アジア太平洋地域の音楽フェスティバル市場の2024年の予測市場規模は4億9639万ドル(世界全体で21億5820万ドルでその約23%を占める)とされており、中国(2億2337万ドル)、日本(6850万ドル)、韓国(4964万ドル)、東南アジア(3425万ドル)となっている。一方、2024年から2031年にかけての年平均成長率では、東南アジアが市場規模で上回る中国(25.5%)、日本(24.5%)、韓国(25.1%)よりも高い27%をマークしている。特にタイは2024年に政府が音楽フェスを国の観光振興策の一部として活用する方針を明確にするなど(※2)、今後さらなる成長が見込まれるアジアの注目エリアになっている。こうした成長市場としての魅力から、『サマソニ』だけでなく、アメリカ発のヒップホップフェス『Rolling Loud』といった海外の有名フェスが進出している。また、そのほかのアジア圏の大都市では『UMF』が開催されるなど、現在、アジア市場は国際的な音楽フェスの受け皿になり得ることを証明しつつある。
加えて、日本のポップカルチャー全般へのグローバルでの関心の高まりも見逃せない要素だ。アニメやゲームを入り口に日本のポップカルチャーに興味を持つ海外ファンは増加しており、それに伴い、J-POPをはじめ、アニソンやボカロ音楽など幅広いジャンルの日本の音楽への需要は確実に存在する。
そして、その需要と強く結びついているのが、ストリーミングサービスの普及だ。これにより海外リスナーが日本の音楽に容易にアクセスできるようになり、最新ヒット曲が時差なく聴かれるようになっただけでなく、海外起点の過去の楽曲の再評価もしばしば起こるようになった(厳密にはSNSでのバズというきっかけとなる要素も含まれるが)。興味深いことに、今年5月に開催された『MUSIC AWARDS JAPAN』の「Top Global Hits from Japan」のエントリー楽曲は海外での聴取が60%を占めており、すでに国内よりも海外で多く聴かれている状況だという。さらにグローバルの日本以外の国/地域の占有率では、首位はアメリカ(18.4%)だが、次いで韓国(11.9%)、インドネシア(7.0%)、台湾(6.9%)、タイ(5.3%)とアジア各国が続いている。こうした日本の音楽の海外需要の高まりが、フェスの主催者やアーティストの海外進出、特にアジア進出の追い風になっていることは予想に難くない(※3)。
また、日本の音楽フェスの海外進出は、単なるビジネス戦略を超えた文化的意義を持つはずだ。まず、日本のアーティストにとっての国際的なプラットフォームとしての役割がある。海外のステージは、アーティストが新たなオーディエンスにリーチし、グローバルキャリアを構築するための重要な足がかりとなる。特に単独公演の実現が難しい若手アーティストにとっては海外での認知度向上の大きなチャンスになるだろう。
次に相互交流の可能性にも着目したい。日本での『サマソニ』には海外展開先のタイのアーティストも出演したが、日本からアジアへの一方通行ではなく、アジアのアーティストの日本進出も後押しする双方向的な仕組みは、将来的には日本と進出先の音楽カルチャーのさらなる相互交流を生み出すエコシステムへの発展が考えられる。
このように背景を探っていくと、日本の音楽フェスティバルのアジア展開は、グローバル化する音楽市場と日本のコンテンツ力の融合によって生まれた新たなビジネス・文化の越境モデルと言える。そして、アジアを巻き込んで展開するという性質上、この取り組みは将来的に強固なアジア音楽ネットワークへと発展する可能性を秘めている。日本のみならず、アジアの音楽フェス文化の未来を切り開く『サマソニ』、『CENTRAL』という個性の異なる日本のフェスブランドの挑戦の行方が気になるところだ。
※1:https://www.cognitivemarketresearch.com/regional-analysis/asia-pacific-music-festival-market-report
※2:https://www.thailandnow.in.th/arts-culture/main-stage-why-music-festivals-are-flocking-to-thailand/
※3:https://www.billboard-japan.com/special/detail/4782