弌誠、満員の初ワンマンで見せた瑞々しい衝動 音楽から溢れる優しくも激しい“人間味”

 たとえ、それが人間の内面を覗き込むようなダークな響きや質感を持つ音楽だったとしても、人が作った音楽が世界に放たれて、空気を震わせ、他者と出会った時、そこに生まれるのはとても幸福な景色なのだということを新ためて強く実感した夜だった。8月12日、恵比寿LIQUIDROOMで開催された、弌誠(いっせい)による初のワンマンライブ『チャイルドレストラン』。弌誠は2020年よりYouTubeを中心に自作曲の投稿を開始し、2024年にゲーム『ゼンレスゾーンゼロ』の登場人物エレン・ジョーのイメージソングとして制作した「モエチャッカファイア」が大ヒットを記録、一躍“時代の人”となった音楽家である。まだまだ謎のベールを纏った存在ではあるが、だからこそ、この日のLIQUIDROOMには彼の“初ワンマン”という貴重な瞬間を目撃しようと、満員の観客が詰めかけた。

 開演前から場内にはムーディーなピアノインスト曲がSEとして流れていた。そして開演時間を少し過ぎて暗転し、ステージ上の幕が上がると、SEを引き継ぐようにステージ上でピアノを弾く弌誠の姿が。そんな艶やかな演出によって始まったライブ。1曲目はライブタイトルのモチーフにもなったと思しき「しあわせレストラン」。弌誠(Vo/Pf/Gt)に加え、サポートに西月麗音(Ba)、よしかわ こうき(Dr)、杉村謙心(Gt)の3人を迎えた4ピースバンド編成による各パートが研ぎ澄まされた見事なバンドアレンジを施されたサウンドは、弌誠の楽曲が抱くロックもラテンもエレクトロもヒップホップも童謡も飲み込んだオリジナルな精神性と肉体性をリアルに具現化。そして、退廃的でありながらも甘美な世界観を損なうことなくハイブリッドなロックサウンドへとビルドアップして、会場の空気を震わせる。続いて2曲目に早くも投下された「モエチャッカファイア」も、始めから終わりまでフロアを巻き込んでの爆発的な盛り上がり。カラフルな照明に照らされ、手拍子もコール&レスポンスもばっちりキマり、享楽的なダンスロックに進化したサウンドが会場を大いに揺らした。弌誠自身も、観客を煽る煽る。

 MCなどで垣間見える弌誠の人間味もとても魅力的なものだった。基本的にはロートーンで観客たちやサポートの面々に語り掛けながらも、決して閉じ籠る感じではない。むしろ音楽を通して人とコミュニケーションを取ることに無上の喜びを感じている……そんな彼の音楽家としての本能を、ライブ中あらゆる場面で感じた。虚飾のないユーモアを交えた話しぶりも、むしろ弌誠という表現者の誠実さを伝えているようだったし、彼の言葉に対する観客たちの反応や声援もとても親密で温かいものだった。「開こう」と思っても、その正直さと繊細さゆえにそう簡単に開けない魂が、それでも“音楽”という表現を通して世界に自分を開示していく……そんな貴重な光景を目の当たりにしているようだった。「歓声がすごくて……」と弌誠本人も観客たちの熱気にも驚いていたが、どの曲においてもイントロが鳴った瞬間に大歓声が起こる状況だった。そんな会場の盛り上がり具合も、弌誠の音楽がこの日この場所に集まった人々の心の奥深くに浸透していることの証明だったと言えるだろう。

 「次の曲は私が元気なかった時に作った曲です」という紹介で始まった「おもちゃばこ」など、弌誠自身もまた、彼の音楽がいかに自身の心の世界と繋がっているかを隠しはしなかった。ライブの終盤、最近SNSの更新が少なかった理由を「去年の冬くらいから精神的に不安定だったんです」と語った弌誠。彼はさらに「周りの人が立て続けに亡くちゃって、ギターを持てなくなった時期もあって。そういう時ってアウトプットするしかないじゃないですか。誰かに愚痴を言ったり、相談を聞いてもらったり。俺はコミュニケーションが下手くそだから、作品や曲にしてアウトプットするしかなくて。それに時間がかかってSNSもできなかったんです。でもワンマンライブが開催されるとなって、めちゃくちゃ元気になったんですよ」と語り、「みんなも元気になりましたかね?」と観客たちに問いかけた。

 「落ち込んだり、元気がなかったりする人も、元気を出してくれると嬉しいです。俺もこのワンマンライブができて本当によかったです。次の曲は、そんな時に『ライブでやろう』と思って作った曲です」と告げて演奏された「GAME OVER」は、自らを縛り付ける哀しみや苦しみを力尽くで振りほどいて駆け出そうとするような強さがあった。

 アンコールも含めて全17曲を披露した、弌誠にとって初のワンマンライブ。アンコールのMCでは本編で行ったメンバー紹介をもう1度やったり、グッズ紹介や観客たちからのプレゼントを紹介したり(近辺のコンビニで売り切れるくらい、じゃがりこのプレゼントが多かったそうだ)、弌誠が「この夜をまだ終わらせたくない」と思っている感じがして、なんだか愛おしかった。アートワークにも強いこだわりを感じるアーティストなのでライブもコンセプチュアルに作り込まれたものになるのかと想像していたが、蓋を開けてみれば、もちろん演奏には徹底したこだわりを感じたが、同時に弌誠の“人間味”をたっぷりと味わうことができた。

 生々しくてあったかくて優して激しい、そんなライブだった。今回のワンマン『チャイルドレストラン』はZepp Shinjuku (TOKYO)での追加公演でひとまず終わるが、この日のMCで弌誠は「全国ツアーなんかもできるようにします」と、この先のライブへの意欲を語っていた。彼の音楽はこの先さらにたくさんの世界に出会い、どのように進化していくのだろう。物語の続きをまだまだ見てみたい。音と歌と、瑞々しさと、その衝動性に感動させられたワンマンライブだった。

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