Official髭男dism、“らしさ”や“生きづらさ”に向けた新たな眼差し 『ひゃくえむ。』と響き合うすべての人と伴走する生の讃歌

 大熱狂のスタジアムツアーも記憶に新しいOfficial髭男dismが、約8カ月ぶりの新曲「らしさ」をリリースした。同曲は、9月19日に公開される劇場アニメ『ひゃくえむ。』の主題歌。藤原聡(Vo/Gt)は魚豊による原作漫画を読み、心を熱くさせながら、この曲を書き下ろしたという。

この世には単純(シンプル)なルールがある。それによるとたいていの問題(こと)は、100mだけ誰よりも速ければ全部解決する。
――魚豊『ひゃくえむ。』第1話より

 そんな印象的な台詞とともに幕を開ける『ひゃくえむ。』は、陸上競技の100m走を題材とした作品だ。10秒前後で勝負が決まる世界の中で、一瞬の輝きに魅せられた者たちの狂気と情熱が描かれている。

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 今回Official髭男dismが制作した「らしさ」は、彼らの楽曲群の中でも最高レベルの速さを誇る。BPM165前後という数値が、多くのランナーが高強度トレーニング時に到達する心拍数とほぼ一致することは偶然ではないだろう。2小節にわたるドラムの強烈なフレーズから開放的なイントロへと至る楽曲冒頭は、100m走のスタートダッシュからスピードに乗るまでを表現しているかのよう。スタート前の緊張、爆発的な加速、中盤での耐久、ゴールに向けての全力疾走――楽曲の構成はまるで100m走のレース展開そのもので、音楽が競技の身体性を完璧に再現している。この楽曲を聴く人の感覚は、100m走を走る選手の身体的感覚、生理的興奮状態とシンクロするに違いない。

 しかし「らしさ」は、ただ身体的快楽のみを促す楽曲ではない。むしろ楽曲の主人公は、5分間で実に多くの物事を思考し、語り続けている。中には、歌詞として記載されていないが実際には言葉を歌っている箇所もある。これまでも人間の複雑な心模様に眼差しを向けながら作品を生み出してきた――ライブMCでは丁寧に言葉を連ねながらファンへ想いを伝えてきた藤原らしいアプローチだ。

Official髭男dism - らしさ [Official Audio]

 「らしさ」というシンプルな言葉にOfficial髭男dismが込めたのは、安易な慰めや自己受容の物語ではない。理性と本能に引き裂かれながらも、自らが心を決めた領域に没頭し、世界に挑み続ける人間の生々しい実態だ。

 〈誇るよ全部 僕が僕であるための要素を/好きだよ全部 君という僕の黒い部分も/恵まれなかった才能も 丈夫じゃない性格も/だけど大それた夢をちゃんと描く強かさも〉

 楽曲の冒頭では、光も影も含めた自身の全体性を認めることで、〈大それた夢〉への執着をかえって正当化している。それ以降も主人公の内省は止まらない。ランニングペースを維持するかのようにバンドが演奏を続ける中、蛇行するメロディに乗せて、オンリーワン論では満たされない欲求、天才に出会っても自分が辞めない理由、勝っても負けても苦しいという現実などが歌われている。そんな主人公の心の動き、人生の生き方を象徴するのが、1番サビの最後に歌われる〈メチャクチャなペースで〉というフレーズだ。このフレーズは、『ひゃくえむ。』のキーフレーズでもある。

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