「二胡という楽器には命が宿っている」 ウェイウェイ・ウー、来日35周年を迎えるパイオニアとしての役割

二胡奏者のパイオニアとしての使命

 来年、来日35周年を迎える二胡奏者のウェイウェイ・ウーが7月2日に通算20枚目となるアルバム『上海Lady~WeiWei ISM』をリリースする。中国の伝統楽器である二胡で、TBS系日曜劇場『JIN-仁-』や、昨年話題を集めたNHK大河ドラマ『光る君へ』といった数多くのドラマ、映画、ゲームの音楽に参加するほか、坂本龍一やケニー・Gなど世界的アーティストとの共演経験も持つ彼女。約2年ぶりとなる今作には、『光る君へ』のメインテーマやColdplayなどのカバーを始め、オリジナル楽曲を含めた多彩な11曲を収録。制作エピソードとともに二胡の魅力に迫った。なお、リアルサウンドでは本日5月30日20時、ウェイウェイ・ウーによる玉置浩二「行かないで」カバー演奏動画をYouTubeにて公開予定。こちらも楽しみにしてほしい。(榑林史章)

オリジナル動画もチェック!(5月30日20時公開)

ウェイウェイ・ウー 玉置浩二「行かないで」二胡Coverー Real Sound Live Vol.12

二胡はDNAに刻まれた記憶や歴史を感じさせてくれる楽器

――アルバム『上海Lady~WeiWei ISM』をリリースされます。まず、タイトルに込めた気持ちを教えてください。

ウェイウェイ・ウー(以下、ウェイウェイ):『ISM』は、「~イズム」とも言いますが、私は3つの意味を組み合わせました。『I』はInspirationやIdentity。『S』はSoul。音楽というものは、単なる楽譜や楽器を超えて、魂(Soul)が皆さんに伝わることだと思っています。そして最後の『M』はMusicやMelody、あるいは“瞑想”なども含まれます。それらの頭文字を取って『ISM』と付けました。私は20年かけて二胡という楽器を日本に定着させようと頑張ってきましたが、少しはその使命や役割を果たせたかなと思っていて。その上で、これからに向けて二胡をどうしていきたいか、この20作目を作るにあたって自分なりにいろいろ考えましたし、自分にとって二胡はどういう楽器なのかを改めて見つめ直すこともできました。私の二胡に対する哲学みたいなものを、『WeiWei ISM』という副題に込めることができたと思っています。

――バラード、ロック、アイルランド民謡、バンドネオン楽曲といったカバーの多彩さからも、二胡という楽器の魅力の多様性を感じますね。

ウェイウェイ:ありがとうございます。二胡らしい曲も欲しいし、「え! これも二胡なの?」と思ってもらえるような、本来の二胡では不可能だと思われていた楽曲にもチャレンジしたい。考えていくうちに、おのずとカバーの方向性が見えてきました。オリジナルについては、改めて自分のアイデンティティを見つめ直したことで、来日してから35年、日本で生活してきたことの意義や使命感を表せる曲を作りたいと思いました。また、私のアイデンティティのルーツが上海なので、中国の歴史を伝える曲も作りたいなと。今も大事ですが、過去に感謝しながら、未来にも持っていけるような作品にしたいと、そういう壮大な気持ちで制作しました。

――二胡の音色は歴史ドラマや映画の音楽でも多く使われていて、聴くと悠久の時を超えるというか、時空をトリップするようなイメージが広がります。そういう意味では今おっしゃった「今も大事だけど、過去に感謝しながら、未来にも」という言葉には、すごくうなずけるものがあります。

ウェイウェイ:はい。二胡というのは不思議と、DNAに刻まれた遠い昔の記憶や歴史を感じさせてくれる楽器なんです。私も演奏するたびに、時空を超えているような感覚になります。演奏していることを忘れて、ひたってしまうこともよくあります。

『光る君へ』からColdplayまで あえて難しいカバーにも挑戦

ウェイウェイ・ウー(撮影=リアルサウンド編集部)

――カバー曲について伺います。「Amethyst」は、昨年のNHK大河ドラマ『光る君へ』メインテーマ曲のカバーです。劇伴を手がけられた冬野ユミさんがレコーディングに参加されたとのことですが、どんなレコーディングだったかお聞かせください。

ウェイウェイ:冬野さんとは、『光る君へ』の劇中曲を私が二胡で参加した時に知り合いました。今回は『光る君へ』の劇伴に参加されているハープ奏者の朝川朋之さんにも参加いただいています。6つの音がフラットするというとても難しい曲なのですが、ハープが二胡の音色にとても合っています。さらにチェロを加えたトリオ編成で、冬野さんが真ん中で指揮をしながら、「せーの!」で合わせて録りました。

――二胡でピアノのメロディラインを弾かれていますが、二胡と鍵盤は運指が違うので大変ですよね。

ウェイウェイ:そうなんです。二胡は音域が限られているので。冬野さんも譜面を書きながら「大丈夫ですか?」と心配そうでしたけど、「とにかく書いてみてください」とお伝えして。譜面のとおり弾ききることができて安心しました。

――玉置浩二さんの「行かないで」のカバーは感動的でした。

ウェイウェイ:玉置さんが歌われている映像を初めて観た時、「どうしてこんなに人の心を揺さぶることができるのだろう?」と感動して、私も二胡で玉置さんのようにできたらいいなと思って挑戦しました。収録しているのは、昨年のホールライブで演奏したテイクなので、お客さんの呼吸音もそのまま、その場で感じて演奏したものを収録しています。

――また、Coldplayの「Viva La Vida」もカバーされていて、二胡でロックバンドの曲を演奏するのは意外性がありますね。

ウェイウェイ:確かに二胡でロックというのはイメージがないと思いますけど、「Viva La Vida」の旋律はとても二胡に合っていると思いました。二胡という楽器には命が宿っていて、その生命をいかに歌うかということを常に考えて演奏すると、とてつもない高揚感があふれてきます。その高揚感はまさしくロックだと思いますし、楽曲の持つ人生や命の素晴らしさというテーマを表現するのに、二胡はぴったりの楽器だと思いました。「Viva La Vida」も昨年からライブで演奏していて、今回改めてスタジオで収録しました。

――二胡は演奏方法も独特ですよね。

ウェイウェイ:はい。バイオリンは弦が4本ですけど二胡は2本しかなく、それを一緒に押さえないといけないんです。それに指板がないから特に高音は音程を取るのが難しい。今回の収録曲の中では、バンドネオン奏者アストル・ピアソラの「Escualo」カバーは音符がとても細かいので大変でした。でも「二胡でも弾けるんだ!」ということをみなさんにお伝えしたかったので頑張りました。デビュー作ではチック・コリアの「Spain」をカバーしたことがあるのですが、当時も「え? 二胡で『Spain』が弾けるわけがない!」とみんな思いましたし、私自身も無理だろうと思っていました。でも大好きな曲だから絶対に弾きたいと思い、頑張って演奏方法を編み出して弾くことができた。その時に感じた高揚感と二胡の可能性を胸に、この20年いろんな楽曲にチャレンジしてきて、今では「Spain」も、私の教室のお弟子さんたちが平然と弾いています。だから「Escualo」も今は私もハァハァしながら弾いていますが、20年後にはきっと誰もが二胡で弾ける曲になっているのではないでしょうか。そうやって二胡という楽器の可能性を、これからも広げていきたいです。

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