藤井 風 1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』から5年 一貫したメッセージが“今”に繋がる原点の輝き
日本の音楽シーンを代表するミュージシャンとして、世界を舞台に活躍の幅と存在感を増し続けている藤井 風。彼が2020年5月20日に1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』をリリースしてから、もうすぐ5年の歳月が経つ。今回は、彼にとっての原点である本作について、この5年間の歩みを踏まえながらあらためて振り返っていく。
『HELP EVER HURT NEVER』がリリースされた2020年5月は、日本を含めた全世界がコロナ禍に本格的に突入して間もない時期だった。出口の見えない混迷に突入し始めたあの頃、それまで味わったことのない不安や恐怖、孤独を胸に抱いていた人は多いと思う。そして、そうした切実な日々の中で、音楽の価値や存在意義についてあらためて考え直した人も少なくなかったはず。筆者は、あの時期に、本作の収録曲のひとつである「帰ろう」を初めて聴いた時の感動を今でもよく覚えている。全編に滲む、世界に渦巻く全てのネガティブを超越していくかのような清廉なフィーリング。一度聴いた瞬間から何故だか不思議と懐かしさを感じさせる美麗なメロディ。そして、とても平易な言葉を紡ぎながら、恐ろしいほどに高い精度で人生の真理を射抜いていく歌詞。特に、〈与えられるものこそ 与えられたもの/ありがとう、って胸をはろう〉〈去り際の時に 何が持っていけるの/一つ一つ 荷物 手放そう〉という一節に込められた人生観の深みたるや。あまりにも軽やかに、あまりにも鮮やかに、そして、あまりにも大胆に、J-POPのスタンダードを更新してしまうような名曲だと思った。世に出てから間もないタイミングで、一発で圧倒的な普遍を射抜くことができるアーティストは極めて稀であり、今振り返っても、彼が誇る傑出した才能の大きさに驚かされる。
『MUSICA』2022年5月号(FACT)の『HELP EVER HURT NEVER』について振り返るインタビューの中で、彼は次のように語っていた。
「“帰ろう”は、「歌を書こうとすると、自分はこんなことを言うようになるんだ」と気づかされた原点でもありますし、歌を書くことは自分自身に気づきを与えてくれることでもあるんだなと知らされた楽曲」
「手放すことって、結構難しい場合が多いと思ってて。どうしても手放したくないと思ってしまうことや執着してしまうものがあって、でもそれが、自由になることとか幸せになることを阻んでることが凄くあるなって思う」
ソングライターとしての原点の一曲であるという「帰ろう」で歌われている〈手放そう〉というメッセージ、および、引用したインタビューの中で語られていた人生観は、それ以降の数々の楽曲にも通底するものである。彼のディスコグラフィーの中には、「きらり」「まつり」「grace」「花」をはじめ、外部の世界に目を向ける前に今一度自分自身の内面を見つめ直すきっかけを与えてくれるものが多く、彼は数々の楽曲を通して、他者への愛はセルフケア/セルフラブから始まるということを一貫して歌い続けている。また、極めて平易なメロディに乗せて〈何もないけれど全て差し出すよ/手を放す、軽くなる、満ちてゆく〉と高らかに歌う「満ちてゆく」は、特に強く「帰ろう」との一貫性を感じさせる一曲だ。自分自身の中の何かを手放すことによって、差し出すことによって、私たちの心は満ちてゆく。コロナ禍が収束してもなお、大小様々な争いや奪い合いが絶えないこの世界において、この〈手放そう〉というメッセージは輝かしく逞しい響きを放つ。1stアルバムリリースからの5年間で、この世界を生きる上での悲痛さや生きづらさが増していると感じる人は少なくないかもしれないが、そうした時代においてこそ、5年前から一貫したメッセージを歌い続けている藤井 風の音楽はいっそう強く求められ続けていて、また、国内外の数え切れないほど多くの人々にとっての生きる上での指針や糧であり続けている。