清水美依紗、嘘偽りなく歌う葛藤と人間らしさ 『全領域異常解決室』OPテーマ「TipTap」で新たな境地へ
レコーディングで得た「音楽やってる!」という感覚
――先ほど「スウィング」というキーワードが出ましたけど、この独特のリズムをどうやって乗りこなしていったんでしょうか。単にシャッフルビートで歌えばいいというものではないですよね。
清水:聴くだけならスッと馴染むリズムなんですけど、いざレコーディングで歌ってみると「全然乗れてないな」ってことがあって。録った歌を聴くたびに「もっとこういうふうにできるはず!」がどんどん出てくる曲だなあ、って。完成音源にはもちろんベストなものを記録できてはいるんですけど、まだまだ「もっとこう歌えるな……」という気持ちが聴くたびに出てくるんですよ。今後ライブで歌う時にはその都度ニュアンスを変えていきたいなと思っているので、それがとても楽しみです。
――まさにジャズっぽい考え方ですよね。その日その日で“正解”が違ってくるというか。
清水:はい。
――生バンドならではのスリリングな演奏も「TipTap」の大きな魅力のひとつですが、このオケだからこそできた表現などは何かありましたか?
清水:プリプロの段階では、まだオケが打ち込みだったんですよ。それが本番のレコーディングでドラム、ウッドベース、ブラスが生音になったら、歌う時の感覚が全然違うなと思いました。どう違うかというのは言語化が難しいんですけど……。でも、ライブ感のあるレコーディングができた気がしますね。
――たとえば、同じ曲でもバンドの演奏を別テイクに差し替えたらボーカルのアプローチも全然違うものになり得る、みたいなことですよね。
清水:はい、違ってくると思います。その有機的な感じにワクワクできるレコーディングでした。たとえば、〈死ぬまで踊りましょう〉という歌詞は最初はナチュラルに歌っていたんです。でも、テイクを重ねていくなかで急にバンドの音がダイレクトにガッと来た瞬間があって、その時の〈踊りましょう〉に思いがけず“がなり”が入ったんですよ。自分でもびっくりしたんですけど。
――音に触発されて、反射的に。
清水:そうなんです。それは今までになかった感覚で、「音楽やってる!」って感じでした。完成音源にもそのテイクが採用されています。
――それってすごくバンド的な喜びですよね。
清水:そうですね! ジャズバンドのソロ回しとかで“何かが生まれている”のが見える瞬間がありますけど、それと似た感覚が得られました。すごく楽しかったです。
――美依紗さんはこれまで、ジャズバンドを従えて歌った経験はあるんですか?
清水:ちゃんとやったことはないんです。もちろん聴くのは好きで、ジャズも聴いてきたんですけど。ニューヨークへ留学していた時も、一流のジャズミュージシャンの演奏を間近に観る機会はあったので、触れてきてはいるという感じです。
――そうなんですね。「TipTap」を聴く限りでは「ずっとジャズバンドで歌ってきた人です」と言われても信じるくらい、まったく違和感がなかったです。
清水:本当ですか? うれしいです。やっぱり私はミュージカルをやってきているので、ジャズナンバーを歌う機会自体は結構あったから。体に馴染んでいるものではあるというか。
――ちょっと細かい話になるんですけど、僕は個人的に美依紗さんのビブラートの使い方がすごく独特だなと感じていまして。
清水:ああ。そうかもしれないです。
――今回の曲に限らずなんですが、ロングトーンほどビブラートをかけずに歌って、短めの音でめちゃくちゃ揺らすような傾向がありますよね。
清水:たしかに。歌っていると勝手にビブラートがかかっちゃうんですよね。
――「勝手にかかっちゃう」(笑)。
清水:そうなんです(笑)。自分ではかけてるつもりはないのに、録音を聴いたら「揺れているな」と思うことが本当に多くて。だから意識的に止めてるんですよ、そうしないとクセで出ちゃうので。もう少しコントロールできたらいいのにな、と思うんですけど。
――へえ。それはすごく興味深いです。
清水:「TipTap」でいうと、最後の〈Ah!! 人生〉はもう「ノンビブラートでいく!」と決めて歌ったりとか、2番の〈背徳感〉だったら「〈背徳〉の感じはこのくらいのビブラートで表現できるかな」とか、部分ごとにつけたりなくしたりというのを今回はかなり意識しましたね。
――そもそも、なんで「勝手にかかっちゃう」んだと思いますか?
清水:なんでなんでしょうね(笑)? でも、私はクラシックの声楽を学んできた人間で、オペラなどをたくさん歌ってきたからその歌い方が染みついている、ということなのかもしれないです。
新たな自分が引き出されていくのがすごく楽しい
――ロングトーンを歌う時は、普通にビブラートを使ったほうが楽ではあるじゃないですか。そこであえてノンビブラートにするというのは、どういう意図があってのことなんですか?
清水:曲によるんですけど、ビブラートが有効な歌詞もあれば、かけないほうが有効な歌詞もあると思っていて。たとえば〈Ah!! 人生〉だったら、「ああ、人生……」ってズーンとくる感じで終わりたくなかったんです。そうではなく、「人生ってこんなもんだよね!」という明るい感じにしたかったので、あえてビブラートをかけずに明るい声のニュアンスで歌う選択をしました。
――なるほど。音符の長さが云々という技術的な話ではないんですね。
清水:ではないです。歌詞のニュアンスを最大限に表現することがいちばんの目的なので、そのために技術をどう差し引きするかという判断の部分ですね。そこは歌手として楽曲を届けるうえですごく大事なことだと思うので。地味な作業ではあるんですけど、サボらずやっていきたいなと思っています。
――自分で作る曲を歌う時と他人の作った曲を歌う時だと、向き合い方はどんなふうに違いますか?
清水:自分で作る場合は、自分自身の経験してきたことや考えていることが歌詞やメロディになった時に裸になるわけなので、ちょっと恥ずかしいんですよ(笑)。「Home」や「Wave」なんてまさにそうだったんですけど、亡くなった父への思いを乗せた曲だから、普段あまり表に出さない部分をさらけ出すことになるんです。すごく繊細なものなので、やっぱり向き合い方は難しいですね。
――なるほど。
清水:それに対して、ほかの方に書いていただいた曲には客観的に向き合えるので、自分のなかに落とし込むまでは圧倒的に早いんです。歌というものは自己表現の手段ではあるんですけど、用意された箱に自分の持っているものをはめ込んでいくほうが意外とすんなりいくというか、逆に自分自身と向き合う時間にもなるんですよね。その対比が面白いなと思ってます。
――それもまた興味深いお話ですね。普通の人とは逆というか。
清水:たしかに(笑)。私、「人と逆なんだな」と思うことが結構多いんですよ。
――「自分で作るほうが自分に落とし込むのに苦労する」というのがどういう感覚なのかちょっと想像しづらいんですが、ある種の役者魂みたいなことなんですかね?
清水:ああ、そうかもしれないです。役者気質なところは結構あって、自分にない感性を持っている方が書く楽曲に向き合うことで、新たな自分が引き出されていくのがすごく楽しいんです。インプットとアウトプットが循環する感じになるというか。自分でイチから作る場合は、アウトプットだけになるじゃないですか。だから、やっぱりちょっと大変なんです。でも、どっちもやっていきたいからもっと時間がほしいな、って(笑)。
――実際にその両方をやれている今現在、理想的なアーティスト活動ができている感触がありますか?
清水:そうですね。もっとああしたい、こうしたいという願望を言語化できる人間にならないといけないのかなとすごく思っていて。何か新しいものを生み出したいという欲求はあるんですけど、それが何なのかを言葉にできていないんです。言葉にできないから、周りのスタッフさんたちにも伝えることができていないっていう。