日食なつこ×リリー・フランキー対談 ニッチなものにポピュラリティが宿る表現の哲学
日食なつこの活動15周年を記念した対談企画。千鳥・ノブ、あいみょんに続く、最後の対談相手はリリー・フランキーだ。
日食は今年3月、リリーがMCをつとめる音楽番組『The Covers』(NHK BS)の春フェス『The Covers 春Fes』に出演。「生放送だったので、あまりお話ができなくて。じっくり話してみたかったんですよね」というリリー、「リリーさんはどの角度からもすごい価値観を投げ返してくださる方。それを思い切り浴びたかった」という日食の奔放かつ刺激的なトークセッションを楽しんでほしい。(森朋之)
カバーの選曲から、アーティストのルーツが見える
――日食さん、リリーさんの初対面は『The Covers 春 Fes』だったそうですね。
リリー・フランキー(以下、リリー):はい。『The Covers』のフェスは年に1回くらいのペースでやってるんですけど、いつもは収録なんですよ。今年の『春Fes』は生放送だったし、岡村靖幸とか斉藤和義とか、生に似つかわしくないミュージシャンも出てて。
日食なつこ(以下、日食):似つかわしくないですか(笑)。
リリー:何を言い出すかわからないじゃないですか(笑)。そんななかで日食さんがよく来てくれたなと思って。生演奏、生歌だし、カバーもしなくちゃいけないのは、まあまあストレスじゃないですか?
日食:確かにハードルは高いですよね。
リリー:そのためにリハーサルしなくちゃいけないですからね。リスペクトしている人の曲じゃないと歌えないだろうし、そのぶん緊張感もあるんじゃないかなと。
日食:カバーに関しては、どんなに頑張ったとしても、ほぼ100%、原曲を超えることにはならないと思っていて。たくさんの人に愛されてきた曲であればあるほどハードルが上がるし、セルフカバー以外は「原曲を超えるのは無理」と割り切らないとやれないんです。『The Covers Fes』のときも、その気持ちで臨ませていただきました。
リリー:あのときの楽曲は、どうやって選曲したんですか?
日食:『The Covers』のスタッフの方から、「中島みゆきさんコーナーを設けます」というお話を伺っていたんですよ。アイナ・ジ・エンドさん(「化粧」をカバー)、斉藤由貴さん(「歌姫」をカバー)は優しい曲を歌われていて、ジャストなキャスティングだなと。同じような曲をぶつけにいっても勝ち目はないし(笑)、日食なつこのキャラが生きるのはどういう曲かな? というところで、ピアノの縦のリズムがジャキジャキになるような曲をカバーしたほうが楽しいかなと思い、「宙船」を選ばせてもらいました。
リリー:かなり激しかったですよね。日食さんらしいし、すごく面白かったです。
日食:ありがとうございます。リリーさんは『The Covers』のなかで、10年間いろんなカバーを聴かれてきたわけですけど、どんな印象をお持ちですか?
リリー:ミュージシャンがライブで誰かの曲をカバーするのもそうだし、カバーアルバムも好きなんですよ。「この曲を選ぶんだ?」というところから、その人の原体験が見えてくるというか、その人の実家に行ったような気分になって。
日食:CD棚やレコード棚を見ているような。
リリー:そうそう。もしかしたらオリジナルを聴くよりも、その人元来の人間性の部分が出てるんじゃないかな。たぶんほとんどの人は、カバーから始まるじゃないですか。
日食:そうですよね。私自身は、じつは“カバー癖”みたいなものがないんですよ。盛岡のClub Changeというライブハウスに出入りを始めた頃は好きなバンドの曲をカバーしたこともあったんですけど、しばらくすると「カバーじゃなくて、自分の曲をやったほうがいい」と杭を刺されて。私も「そうだよな」と思ったし、そこからはオリジナルをやるようになったので、その後はカバーを封印してたんです。ただ、入り口としては人の曲で練習することが多いですよね。
リリー:音楽との最初の出会いだったり、どういう曲でピアノを覚えたか、ギターを覚えたかって、ずっとその人の血に残りますからね。
日食:ルーツというか、根っこは変わらない。
リリー:うん。もっと言えば、家族とか友達の影響も色濃く残るんじゃないですか?
日食:そうかも。私の場合は、姉がすごくアッパーな人間なんですよ。とても人付き合いが上手で、友達大好きっていう。私はそういう部分をすべて姉に持っていかれたと思ってるんですけど(笑)、彼女はフェスでいうとメインステージに出るような人たちの音楽がすごく好きで。私は全然そうじゃないので、そこは被ってないんですよ。壁に向かって歌ってるような人が好きと言いますか。
リリー:身近にそういうケレン味がない人がいると、あんまり真っ直ぐモノを見なくなりそうですね。
ピアノを弾ける男はカッコいい
ーーリリーさんは以前から日食さんの曲を聴かれていたそうですね。
リリー:ええ。たぶん「開拓者」という曲が最初だったかな。あの曲は何年くらい前ですか?
日食:14年くらい前ですね。
リリー:じゃあ、その頃だと思います。歌詞の入り方がすごく変わってるじゃないですか。〈一般的に(普通1分で歩く距離を)〉で始まる曲を聴いたことがなかったし、「これは何だろう?」と思って。
日食:そう思いますよね(笑)。
リリー:企業のCEOが会議で話すような言い方じゃないですか(笑)。その後ピアノで弾き語りしている映像を観て、背筋をピンと伸ばして歌ってる姿に引き込まれたんですよね。ピアニストって、けっこう前かがみになりがたちじゃないですか。キース・ジャレットとかも、めちゃくちゃ猫背だし。
日食:そういう弾き方も憧れますけどね。自分のなかにこもってる感じがして。
リリー:鍵盤しか見てない、みたいな。日食さんはそうじゃなくて、ずっと背筋が伸びてて。なのにめちゃくちゃ激しく弾いてるっていう。エレガントな感じもあるんですよね。
日食:光栄です。私、(リスナーとして)ピアノの弾き語りをあまり通ってなくて。「日食さんの音楽性だったら、このアーティストも聴いてたでしょ?」とか「この人もお勧めですよ」って言われるんだけど、そこまで聴いてないんですよね。リリーさんはピアノの弾き語りって聴かれてましたか?
リリー:僕らの世代だと、10代の頃はパンク、ニューウェイブ、テクノだったんですよ。ピアノの弾き語りで歌ってる人はポップス寄りというか、エルトン・ジョンとかビリー・ジョエルとかの印象が強いんですよね。なのでギターの弾き語りを観るほうが多かったと思うんだけど、大人になればなるほど西田敏行さんの(「もしもピアノが弾けたなら」の)気持ちがわかるようになって(笑)。ピアノ弾ける奴って、めちゃくちゃカッコいいなと思うようになりましたね。
日食:なるほど。
リリー:前に、(RADWIMPSの)野田洋次郎と一緒に井上陽水さんの50周年コンサートを観に行ったことがあって。その帰りに行った飲み屋に、ピアノがあったんですよ。客は俺らだけだったんだけど、店の従業員が「自分たちはRAD世代で、すごく聴いてました」って話していると、洋次郎が「そんなに言ってくれるんだったら、1曲弾きますよ」ってピアノで弾き語りしたんです。そのときの破壊力が本当にすごくて。そのピアノはずっとそこにあって、店員は毎日見てるわけですよ。
日食:日常の風景の一部なんですね。
リリー:そう。いつも見ているピアノなんだけど、洋次郎が弾き語りするとめちゃくちゃカッコいいし、破壊力を感じる。あのときも「ピアノってカッコいいな」と思いましたね。日食さんはピアノを習ってたんですか?
日食:子供の頃にピアノ教室に通ってました。最初はエレクトーンだったんですけどね。グループレッスンで、3人くらいで一緒に弾いて。
リリー:エレクトーンって面白い楽器ですよね、足でベース弾いたり。UAもエレクトーンを習ってたらしいんだけど、UAとエレクトーンっていちばん遠くないですか?
日食:確かに(笑)。
リリー:15年くらい前にピンキーとキラーズ、クレイジーケンバンドと僕でイベントをやったことがあって。ピンキラのバンドの方がエレクトーンを弾いてたんですよ。プロのステージでエレクトーンを聴いたのは初めてだったんですけど、カッコよかったです。
日食:シンセサイザーとは違う不思議な感じがありそう。私がエレクトーンを習ってたのは2年間くらいで。教室の先生に「あなたは来年からピアノにしなさい」と言われたんですよ。たぶん「この子はピアノのソロのほうが向いてるな」と思ったんでしょうね。
今も「ミュージシャンをやっている」とは思っていない
リリー:ミュージシャンになろうと思い始めたのはいつなんですか?
日食:それがないんですよね。今も「ミュージシャンをやっている」とは思っていなくて、趣味のままというか、楽しい楽しい趣味の延長でやってきて、気づいたら此処にいたというだけで。普通にどこかに勤めるものだと思っていたし、やったとしても22歳か23歳までだろうなと思ってたので。
リリー:オリジナル曲も最初は趣味でやってたんですか?
日食:そうです。11歳か12歳くらいで始めて。最初は16小節くらいの短い曲で、「今日はこういうことがありました」とか「こんなこと言われてイヤだった」「実家の犬がこうだ」っていう日記みたいな歌を作ってました。それを仕事にしようとは本当に思ったことがなくて、やっぱり“気づいたら”なんですよね。今年は15周年ということで、「16年目以降は?」「今後目指しているところは?」という話にもなるんですが、何を目標したらいいのかわからなくて。
リリー:周年ってご本人よりも、メーカーや事務所の人たちが「この節目で……」っていうものだからね。
日食:本当にそうです(笑)。
リリー:お祝い事ですからね。
日食:THE ALFEEなんて50周年ですから。あそこまで行くと、見えてる景色も違ってくるんでしょうね。
リリー:しかもTHE ALFEEの3人は形状記憶というか(笑)、ずっとそのままじゃないですか。最初はフォークグループだったと思うけど、僕らがテレビで観るようになってからは、ずっと今のTHE ALFEEなので(笑)。高見沢(俊彦)さん、すごくないですか? あんなキレイな巻き毛の70歳、いないですよ。
日食:確かに(笑)。
リリー:50周年という言葉自体、昔は聞かなかったですからね。ここ数年で井上陽水さん、ユーミン(松任谷由実)などが50周年を迎えてますが。
日食:そう考えると、私はまだまだですね。リリーさんの活動は“周年”では捉えられないかもしれないですけど、節目を感じることはありますか?
リリー:それは先ほど日食さんがおっしゃっていたことと同じというか、働いているという気がしないまま今に至ってるんですよ。頼まれるままに文章やイラストを描いて。お芝居なんて最たるもので、仕事でやっているという感覚はきわめて希薄です。
日食:締め切りみたいなものはあるでしょうけど……。
リリー:自分の感覚では、締め切りはあってないようなものというか(笑)。主に雑誌の仕事をやっていた頃は、1日に3本くらい原稿を書かないと終わらなかったんだけど、ちょっとくらい遅れても何とかなるんですよ。ただお芝居に関しては、その時間に行かないとどうにもならないじゃないですか。一人では行けないので、連れていってくれる人を雇ったり。
日食:ジャンルを飛び越えて、いろんなところで活躍されてますよね。
リリー:そう言ってもらえるんですけど、一つの仕事で食えなくて、こうなってるところもあるんですよ。ほら、駄菓子屋では儲からないから、切手売ったり、クリーニングの受付やったり、最終的には何の商売かわからなくなってる店ってあるじゃないですか(笑)。
日食:(笑)。これだけ活動が多岐に渡っているなかで、それがクロスしている場所、真ん中にあるコアってどんなものなんですか?
リリー:どうだろう? どんな仕事をやっていても、そこまで違うことをやってる感覚はないんですよ。
日食:表現ということでは同じだと。
リリー:そうですね。ただ、そこでもお芝居だけはちょっと違っていて。文章は自分で完結できるんだけど、お芝居は監督がOKって言えば、そこで終わっちゃうから。違う緊張感がある。
日食:お芝居をはじめられたきっかけは何だったんですか?
リリー:石井輝男さんというキング・オブ・カルトと言われた映画監督に声をかけたもらったんです。『網走番外地』シリーズや『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』なんかを撮った方なんですが、僕は石井さんの映画が好きで、自分が書いていた映画評でもよく取り上げてたんですよ。そしたら石井さんから出演の依頼が来て(映画『盲獣vs一寸法師』/2001年)。しかも主役で(笑)。
日食:そうなんですね! 自分だったらビビりが先に来ちゃう気がします。
リリー:それよりも「石井監督がどうやって映画を撮ってるのか見たい」という興味が強かったかな。俺が芝居できなくても、そんなの石井さんのせいじゃないですか。芝居ができない人間を呼んでるんだから(笑)。その映画の撮影が終わった後、「もう1本やろうよ」って言われたんです。「芝居なんてできないのに、何でですか?」って聞いたら、「君はいい役者だ」と。「僕がOKって言ったら、涼しい顔で楽屋に帰るだろ? それがいいんだって」。石井監督が言うには、まずい役者は「もう1回やらせてくれ」とかって言うらしいんですよ。監督は撮りながら編集もしているし、必要ないカットは撮りたくないから。
日食:なるほど。
リリー:「これからも監督を信頼してやりなさい」と言われたんですよね。それだけは守って、「もう1回やらせてください」とは言ったことがないです。