宇多田ヒカル、夢と現実の狭間に灯す美しい光 25年分の“変化”を辿ったツアー『SCIENCE FICTION』

宇多田ヒカル『SCIENCE FICTION』レポ

 しばらくのインタールードを挟んだあと、着替えた宇多田が再び現れる。無数の曲線と赤を基調にしたグラデーションが印象的なドレス。力強いがどこか儚い。先ほどのシンプルなセットアップとは対照的だ。披露されたのは「BADモード」、「あなた」、「花束を君に」、「何色でもない花」……と活動休止(人間活動)以降の楽曲だった。最愛の人との別れ、子どもへの慈愛、その時々の内省が綴られた曲。

 人間活動を宣言した時、宇多田は「これ以上進化するためには、音楽とは別のところで、人として、成長しなければなりません」とコメントしていた(※2)。そして再び音楽シーンに現れた彼女は、その言葉通り何かが変わっていた。歌詞の内容や曲自体はパーソナルで密室的であることに変わりないが、言葉選びには彼女が確かに他者や社会と密接に繋がっていることが明らかだった。一皮も二皮も剥けて視界が一気に開けたような風通しの良さ。それは人間活動を経たからこそのものだったのだろう。だからこの燃えたぎる力強いドレスに着替えるタイミングが、ここであったことは必然に思えた。

 そしてアンコール。私たちは25年後の現在にたどり着く。ここで披露された新曲「Electricity」には、ポエトリーダンスユニット・アオイツキと同曲のレコーディングにサックスで参加したMELRAWが登場した。ブルージーなサックスの音色をバックに、奇妙な生物を彷彿とさせるコスチュームを着たアオイツキと、アースカラーのタンクトップにパンツスタイルの宇多田が踊る。砂漠を模したステージの上で。まるで性別、国籍、人種を超えた“運命”と出会う瞬間の高ぶりが表現されているかのような演出。とても神秘的だった。

 何より。かつては“ひとり”の曲を歌い続けたアーティストが、他者と繋がる喜びについて歌っているというそのことに“25年後”を感じた。この曲が示す光や愛というのが何なのか、個人的にはまだ曖昧だ。わかるようでわからない。きっとそれを知るには何かが足りないのだろう。年数が経つにつれてその言葉一つひとつの意味を理解できるようになるに違いない。宇多田の曲はいつだってそうだ。時間が経ってからその答えがはっきりと浮かび上がるようになっている、私の場合はそうだった。

 最後は私たちへのプレゼントのように、最終日限定の「Stay Gold」、そしてアンコール最後には「Automatic」が披露された。ツアー最終日。完全な夢の終わり。だから最後に〈変わりゆくのが 人の/こころの常だと言いますが/ねえダーリン your soul/優しく輝きつづけるわ〉なんて歌ってくれたのではないか、そんなことを考えてしまう。

 生活は私たちを変える。純粋なままではいられなくなって何でもかんでも疑いたくなることもあれば、またすがるように何かを信じてみたくなったり、悲しみに暮れて少々暴力的になることもあれば、人との出会いで優しさの意味を知ることもある。根底にあるものはたとえそう簡単に変わらないとしても、様々な生活を通過した先で私たちは表面からゆっくり少しずつ変わっていく。そのことを、宇多田ヒカルの曲が、宇多田ヒカルという存在が、この25年の変化で証明している。だから〈your soul/優しく輝きつづけるわ〉という言葉に少し涙ぐんでしまう。

 「ほんものというのは、正しい光なのだ。どんなにどん底にいると、わかっていても、そちらを向いて進まなければならないのだと示してくれる」。宇多田ヒカルの歌についてそう言っていた人がいた。当時学生だった私はその意味がちゃんと理解できずたまに思い出しては考えていた。けれどこうして25年を少々急ぎ足で振り返ってみると、あの時も、あの時も、あの時も、向こう側には宇多田がいたことに気づかされる。走り疲れてつい立ち止まってしまってもその先にはいつも彼女が光を放っていた。あれは確かに正しい光だった。生活は続く。けれどその光が導く先についていけばきっと大丈夫。今、強くそう思う。

※1:https://news.j-wave.co.jp/2024/09/content-3403.html
※2:https://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/utadahikaru/from-hikki/index_3.html

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