米津玄師、アルバム『LOST CORNER』に混在する3つのモード Spotify「Liner Voice+」を聞いて

 前作『STRAY SHEEP』以来、約4年ぶりとなる米津玄師のニューアルバム『LOST CORNER』がリリースされた。米津のディスコグラフィのなかでも最長・最大のボリュームとなる約70分・20曲が詰め込まれた大作だ。アルバムのリリースにあわせて、Spotifyでは音楽誌『MUSICA』編集長の有泉智子をインタビュアーに迎えた「Liner Voice+」が公開。米津自身が、本作について一曲一曲じっくりと語っている。

 「Liner Voice+」のオープニングでは、本作の録音とミックスを手掛けたエンジニアの小森雅仁が米津にかけた、「すごい晴れやかな顔をしてるね」という印象的な言葉から始まっている。アルバムのトーンは必ずしも清々しいものではなく、何度か「Liner Voice+」で語られているように、弱さや葛藤を含んだ陰影に富んだものだ。にもかかわらず、その制作は『STRAY SHEEP』のときとは対照的だったという。具体的には、自分の作品やそのリスナーとの向き合い方の変化が、そうした「晴れやか」さを生んだようだ。

 ほか、オープニングで語られている重要なポイントがある。前作『STRAY SHEEP』は作曲家・音楽家の坂東祐大と二人三脚でつくった側面が強かった。それに対して『LOST CORNER』は、坂東とのタッグを引き継ぎつつも、多彩なアレンジャーを招き、また単独での編曲も多い。音楽を作りだしたころのように、なにも考えずにMTRに向き合っていた気持ちであらためて制作した、と語る米津の言葉を踏まえるなら、音楽的には大きく変化している一方で、ある種の原点回帰、総括と仕切り直しの作品なのかもしれない。

 とりわけ、坂東とのコラボレーションについて改めて語った言葉は印象的だ。オープニングから書き起こして引用しておこう。

「一時期は坂東くんとずっとやっていて、それが自分のなかでも大きな個人的なエポックメイキングな出来事だったんです。『海の幽霊』という曲が本当に素晴らしい出来になったので、この人と一緒にある程度作り続けたいという気持ちがあって。実際出来上がったものは到底一人では作れなかったものばかり」

 本作でも、たとえば「POP SONG」についてのコメントでは、坂東の貢献が語られている。近現代のクラシカルな西洋音楽に通じつつ、幅広いジャンルを柔軟に取り入れる坂東の手腕が米津玄師のサウンドを大きく変化させたことは、『STRAY SHEEP』から本作までのコラボレーションの軌跡をたどればわかるだろう。

 一方、米津は近年常田大希(King Gnu/MILLENNIUM PARADE)、Yaffle、mabanua、トオミヨウといったアレンジャーを招き、それぞれテイストの大きく異なる楽曲を送り出してきた。「KICK BACK」(常田大希)でのケレン味あふれる展開をいっそう強調するようなダイナミックさ。弾むようなリズムで日常を支える「毎日」(Yaffle)。肩の力が抜けたレイドバックしたフィーリングが心地よい「LADY」(mabanua)。ドラマや映画の主題歌としてメロディアスな情感を強めて言葉の力を引き出す「さよーならまたいつか!」「がらくた」(トオミヨウ)。いずれもタイアップを前提とした楽曲ばかりだが、タイアップ先のカラーにあわせた采配になっているように思う。

 そんな共同作業とは対照的なのが、20曲中8曲に及ぶ単独編曲の楽曲だ。どれもエレクトロニックなサウンドを基調とした、いわゆる「トラックメイカー」然とした佇まいになっている。とりわけグラニュラーシンセや歪みの効果、ヴォコーダーを駆使した「YELLOW GHOST」や「おはよう」では、現代的なプロダクションを貪欲に取り込もうという米津の姿を垣間見ることができる。

 こうして見ると、本作にはいくつかのモードが混在している。『STRAY SHEEP』からある程度地続きの坂東とのコラボレーション。さまざまなタイアップにあわせた多彩なアレンジャーとの共同作業。そして自分ひとりで現在の関心を追求した楽曲。職人的にタイアップをこなすのでもなく、アーティスティックに自分の表現を追求するのでもなく、そのきわどいバランスを常にとろうとする米津の姿が映し出されている。

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