ヰ世界情緒、初の有観客ワンマンで溢れた喜びの涙 ステージの上で燦然と輝く“創作”と“歌”への情熱

 バーチャルダークシンガー・ヰ世界情緒が、8月7日にパシフィコ横浜 国立大ホールで『ヰ世界情緒 3rd ONE-MAN LIVE「Anima III」』を開催した。活動4周年、3度目のワンマンライブにして、有観客でのワンマンライブは今回が初めて。ヰ世界情緒と観測者(ファンの名称)がついにリアルな世界で対面する、両者にとってまさに待ちわびた瞬間であった。

 横浜の広い海が目の前に広がる会場周辺には、ヰ世界情緒のグッズを身に着けた老若男女が集結。会場内には凝ったデザインのフラワースタンドがずらりと並び、開演前から熱量の高さを感じた。開演までの時間、ベートーヴェンの「月光」が静かに流れる中、注意事項などのアナウンスが流れる。何の気なしに聞き流してしまいそうなほど違和感のない声だったのだが、最後に「情緒ちゃん、ライブがんばってね。星界でした!」というメッセージがおくられ、ヰ世界情緒の音楽的同位体として生まれた人工歌唱ソフトウェア「星界」によるアナウンスだったことが明らかになり、どよめきや歓喜の声が沸き起こる。

 開演予定時刻から少し遅れ、ついに暗転。正面のスクリーンにオープニングムービーが流れ始める。海の上を走る列車から降り、レンガ造りの建物のある花畑に降り立ったヰ世界情緒。白い旗を握り、勇ましく佇む本公演のキービジュアルを再現すると、彼女の創る物語がいよいよ動き出した。

 幕開けは、「描き続けた君へ」。ストリングスも加わった生バンドによる演奏に乗せて、自身の創作に対する強い思いと覚悟を綴った歌詞を力強く歌い上げる。続く「ディメンション」では、「全力で拳を上げてください!」という煽りによって、「オイ! オイ!」とパワフルな掛け声と共に拳を突き上げ、ジャンプで盛り上がる観客。会場が揺れるほどの熱量だ。やっと対面できたという喜びや、これまでの距離を一気に埋めようという意気込みが溢れているようにも感じる。

 ヰ世界情緒の歌声は、儚く透明感のあるビジュアルとは裏腹に、迫力や激情を感じさせる芯の通った声だ。左右に設置されたモニターには、リアルタイムで動くヰ世界情緒の姿が、生身の人間であるバンドメンバーと共に映し出され、“今このステージにヰ世界情緒がいる”という説得力のある光景が流れている。彼女の生命力溢れる歌声と細やかな演出によって、バーチャルとリアルの境目は完璧に消えていた。

 最新曲の「システムズコア」は、会場全体に鮮やかな青いレーザーが無数に放たれる強烈な演出からスタート。バンドメンバーによる疾走感溢れるサウンドに乗せて、ハードな世界観を全力で表現。気合いの入ったオープニングパートで一気に最高潮までテンションを上げた。

 その後も、美しいストリングスとピアノに歌声を重ね、女神のような神聖さを醸し出す「そして白に還る」、可憐なダンスと共に物悲しい歌声でシアトリカルな表現を見せた「ラピスのお人形」、無機質な声で淡々と紡がれる韻文が印象的な「グレイスケイル」と、唯一無二の世界観を持つ楽曲たちを次々に披露。ライブ初披露の「此処に棘と死を」からは、赤いドレープカーテンと豪華なシャンデリアが設置された煌びやかなキャバレーに舞台を移してのパフォーマンス。トランペットとサックスのメンバーも加わり、より華やかなサウンドに。スタンドマイクを使って艶やかなダンスも披露し、華やかなステージを繰り広げた。

 見所の多い前半戦だったが、やはりクライマックスは、彼女の代表曲の一つである「シリウスの心臓」を披露したときだろう。「みんなに愛していただいている曲」という紹介から始まり、暗闇に一人立ち尽くすヰ世界情緒をスポットライトがそっと照らし出す。壮大な演奏をバックに、息遣いや仕草にまで神経を行きわたらせるように静かに優しく、しかし感情をたっぷりと込めて美しい歌声を届ける。ステージ中央に大きな月が姿を現すと、その周りには無数の彗星。ステージサイドのライトは、彼女の歌に合わせてモールス信号となって光り、息を飲むような幻想的な光景を作り上げた。ここまですべての曲終わりにすさまじい歓声が沸き起こっていたが、この曲が終わったあとだけはシンと静まり返り、少しの間をおいて長い拍手がおくられた。

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