幽体コミュニケーションズ、“季節”をめぐる葛藤 弱さと向き合った「Beat my Spring(春を斃して!!)」制作秘話

「好き」か「嫌い」のどちらかを選ぶのが怖い(paya)

paya

ーー歌詞に関してはどうでしょうか。最初にいししさんがおっしゃっていたように「これまでと違う」感覚があるように僕も感じました。今までのpayaさんが書かれてきた歌詞と質感の変化を感じるというか、ご自身としては作詞面での変化を意識されていた部分はあるのでしょうか?

paya:「自然とこうなった」と言えるし、わざわざ、作っていた曲をやり直しにするくらいの過程を経て出てきているものでもあるので、意識していたとも言えると思うんです。でもどちらにせよ、このタイミングでこの歌詞が出てきたことは意外ではなかったです。……ただ、今までだったら捨てていた言葉をちゃんと入れているところはあったな、と思います。

ーーそれは具体的にどういった部分で?

paya:〈好き〉と〈嫌い〉という言葉が入っている。今までの僕だったら、もっとそこにグラデーションを持たせたかったはずなんですよね。「好き」と「嫌い」を言うことに対して、ものすごく恐れがあったはずなんです。「好き」か「嫌い」のどちらかを選ぼうとする行為は、どちらかをバッサリ切ることになりそうな気がしていて。それが怖くて、今までだったら入れていなかったんじゃないかという気がするんですけど。

ーーただ、今回は「好き」も「嫌い」も入っている。歌詞にあるのは〈嫌いが言えないなら好きだって無理さ〉というラインですよね。「好き」を言うために「嫌い」を見つめようとしているようにも思えますね。

paya:「好き」と「嫌い」って、2点が決まらないと出てこないんですよね。どちらか1点が決まるだけでは「好き」でも「嫌い」でもない。「好き」なら「嫌い」、「嫌い」なら「好き」という反対のもう1点ができて、初めて「好き」と「嫌い」の両端ができる。0から100の範囲を決めないと、50が真ん中にならない、みたいなことに近いのかもしれないです。50という数字を出しただけではダメで、0と100を出したからこそ、それが半分ということがわかるわけですよね。-100から100までの間の50ではまったく違うわけだから。だから、この歌詞にあるのは、両端を決める行為だと思うんですよね。

ーー僕が最初に「輪郭がはっきりしている」と言ったのは音楽的なニュアンスが強かったんですけど、表現されている感情的な面においても、輪郭をはっきりさせようとしている曲なのかもしれないですね。「好き」と「嫌い」という輪郭を定めようとしているというか。

paya:何かをちゃんと言おうとし出している感じがします。身近なことで考えてもらっていいと思うんですけど、誰のことも「好き好き大好き」と言っている人がいたとして、その人のことをどこまで信用できるか? という問題もあるじゃないですか。逆に、嫌いなもののことをズバズバと「嫌い」と言っている人が、「でも、これは好き」と言っているものは信頼感が置ける気がする。この曲にはそういう感覚がある気がします。そういう部分を、ハッキリさせようとしている気がする。でも、じゃあ具体的に何が好きで何が嫌いなのか? というところに関しては、明言はされていないし、まだどこかで両方言おうとしている感覚もちょっとある。実際のところ、僕は本当に「好き」も「嫌い」も一緒のものだと思っているし。なので「結局どっちなんだ、お前は?」というところはあると思います(笑)。

ーーなるほど。

paya:究極的に言いたいのは、「好き」とか「嫌い」とかではなく、「愛しさと憎しさは同じ顔をしているものなんだ」ということだと思うんですけど。

ーーこのシングルのジャケットは、パウル・クレーの「天使」シリーズを想起させると思ったのですが、どのようなイメージから描かれたジャケットなんですか?

paya:僕、クレーがすごく好きで。天使の絵のキーホルダーも鞄に付けていて(笑)。(と言って、鞄を見せる)

ーーほんとですね。

paya:このジャケットは、クレーの天使を見ながら描いていました。

ーーこの曲とクレーの天使が重なる部分があったんですかね?

paya:いや、そういう感じではなくて。単純にクレーが好きだし、こういうタッチの絵が僕の手に馴染む、というだけではあるんですけど。ただ、僕がなんでクレーの作品が好きかというと、すごくシンプルでアイコニックなものが絵の中に取り入れられているからなんですよね。見た時にシンプルな形がパッと入ってきて、それをよくよく見ていると、質感や線の揺らぎがすごく緻密に作られている。そういうところがすごく好きだし、僕も音楽の中でそういうことをやりたいんです。まずはアイコンとして入ってくるものがあって、その中で細かい部分が見えてくるという。

ーージャケットの絵は、手を胸のあたりで交差させているようにも見えますね。

paya;「春を斃して」と言っているくらいなので、心臓を突き刺したい感覚があって。何かを守っているのでも、何かを受けた後に抱きしめているのでもいいんですけど、胸の前でクロスさせた手の重なる部分に、集中する何かがある感覚がほしかったんです。手を交差させていれば、人はそこに感じるものがあるだろうか? と思って描いたんです。

ーーちなみに、昨年の10月には「座礁(十月)」をリリースされていますが、あの楽曲では折坂悠太さんのバンドにも参加されているsenoo ricky(Dr)さんと宮田あずみ(Ba)さんというリズム隊を迎えて制作されたんですよね。「座礁(十月)」のレコーディングはどのような経験でしたか?

paya:そもそも、僕らは京都にいて、rickyさんやあずみさんのような人たちがこんなに近くにいるのなら、お願いしない理由はないな、と思って決めたんですよね。

吉居:「Beat my Spring(春を斃して!!)」とは確実に違う経験でしたね。単純にドラムとベースがいると、立ち位置的にギターはもっと羽を伸ばすことができる感覚があるし、そもそもの音の出し方やマインド、思想がまったく変わってくると思うんです。あの頃は、生き物が暗闇で蠢いているような、そういう画を想起させるような音を出したいと思っていて。それが「座礁」という曲とマッチしたなとも思います。

ーーいししさんはどうでしたか?

いしし:「座礁」の歌は、『巡礼する季語』を出すよりも前に録っていたんです。そこから私はほとんど録り直していなくて。

ーーかなり前からあった曲なんですね。

いしし:そうなんです。なので、レコーディングで私が録る部分はあまりなかったんです。ただ、あずみさんとrickyさんは京都の大先輩で、「こういう景色にしたい」ということを汲んで、より広げてくれて。デモを作っていた頃には見えなかった景色が見えるようになったと思います。

ーー座礁した鯨という存在が曲のモチーフになっていることは、リリース時のコメントでpayaさんが書かれていましたが、何故、このテーマで曲を書こうと思われたんですか?

paya:実はこの曲を作ったのって、幽体コミュニケーションズを始めるよりも前なんですよ。「鯨を作品にしたい」という気持ちがずっとあったんです。豊かな音を許容してくれる感じがするから。じゃあ「何故、鯨を座礁させたのか?」という話なんですけど(笑)、座礁した鯨って、「終わり」を想起させるモチーフであると同時に、すごく神秘的なものも感じるんですよね。実際に、それ(座礁鯨)を信仰の対象としている文化もあるし。これも「文明の欠伸」の「文明」というテーマにつながってくるんですけど、神話や宗教に興味があるんです。人間は、宗教や神話を源泉に、文化をたくさん作ってきましたよね。宗教や神話から出発した音楽や絵画はいっぱいある。それを生み出している核心的な部分ってなんなんだろう? ということに、すごく興味があるんです。自分でもそこに触れるための曲を1曲作っておきたかった、という気持ちはありました。

ーー幽体コミュニケーションズにとって前提的なテーマのひとつである「文明の欠伸」という言葉は、どのようにして出てきたものなのか、payaさんの中に残っているものはあるんですか?

paya:それはまったく覚えていなくて。本当に口をついて出た言葉でしかないんですけど、ずっとずっと、その言葉を使ってしまう。そのくらい気になっている言葉なんですよね。それが自分の創作の根っこにあるものだということも、なんとなくわかっている。これはあくまでも後付け的な解釈でしかないんですけど、「自分の表現がどういうふうにあってほしいか?」ということなんだと思います。

 それは幽体コミュニケーションズの表現のイデオロギーみたいなものなんですけど、文明の中において、自分が表現をしたり、音楽をしたりすることが、「欠伸」のようであってほしいんです。欠伸はなんで出るのかわからないくらい自然と出てきてしまうものだけど、そこには無防備な感覚がありますよね。僕らも、本当はそういうふうに音楽をやりたいんだと思います。理由はなくてもよくて、自然と出てくるものであってよくて、無防備なものでよくて。そういうところから出てきた言葉なんじゃないかと思います。

「Beat my Spring(春を斃して!!)」

■リリース情報
幽体コミュニケーションズ「Beat my Spring(春を斃して!!)」
2024年5月8日(水)配信リリース
リンク:https://big-up.style/2dkYeSBwQv

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