アンジェラ・アキ、『この世界の片隅に』音楽で描いた戦争と日常 渡米10年でシンガーとしての転機も

歌で証明するものがなくなった

――2曲目の「焼き尽くすまで」。「崩れ落ちる呉の街」という箇所があることから恐らく空襲の場面に関わってくる曲だろうと想像できますが、とはいえ絶望的な暗い曲というわけではないですね。

アンジェラ: 演出の上田さんと話したときに、暗い歌で暗く表現するのではなく、美しく表現したい、闇と対比させたいとおっしゃっていたので、燃えて崩れる街の反対にあるサウンドは何かを考えながら作りました。だからハープの音や天使のようなコーラスを入れたアレンジを河内さんに考えてもらって。

――「醒めない夢」という曲は、キャストのひとりである海宝直人さんがフィーチャーされています。

アンジェラ: デュエットさせていただきました。そういえば私、デュエットってしたことがなかったなと思って。すごく楽しかったし、いい刺激になりました。幸せな気持ちになりましたね(笑)。

――「掘り出しもんみーつけた」は、レゲエ調だし、ファンキーでかっこいいですね。

アンジェラ: そう、ファンキーな曲にしたかったんです。河内さんは、こういうのが得意なんですよ。ファンキーな人だからね(笑)。オルガンソロも彼が弾いてくれているし。バンドメンバーみんなとセッションできたのも楽しかったです。

――メロディも覚えやすくて、「たーなかーら、ぼたーもちー」って一緒に歌いたくなる。

アンジェラ: 私はけっこう歌詞が覚えられない人なんですけど、これだけはしっかり頭に入っています(笑)。

――「端っこ」は、これぞアンジェラ! といったメロディですね。アンジェラ節。

アンジェラ: やっぱり?  基本的には自分っぽさをなるべく消したかったんだけど、これは出ちゃいましたね。バンドメンバーにも言われた。「おっ、アンジーっぽいの、きたね!」って。

――でも素晴らしいバラードですよ。普遍的だし、シンガーソングライターとしてのアンジェラのアルバムに入っていてもこれは違和感がなさそう。

アンジェラ: ああ、なるほど。そうかも。

――「花まつり」はサビのメロディがとてもいい。ちょっと昔の歌謡曲ふうですよね。

アンジェラ: まさにそれを目指しました。昭和歌謡的な感じ。戦争がそこまで迫ってきていて、いま見ている桜が、家族揃って見る最後の桜になるかもしれない。それってすごく切ないじゃない?  その切なさと儚さと美しさが一緒になったような感覚を歌謡の世界観で表現できればいいなと思いながら作ったんです。

――「言葉にできない」では、アンジェラは歌わず、海宝直人さんのボーカルをフィーチャーしています。海宝さんに歌ってもらうことを初めから想定していたんですか?

アンジェラ: そう。海宝くんの声を聞いたときに、ぜひとも歌ってもらいたいと思って。以前、Martinさん(鈴木雅之)に2曲提供したことがあるんですけど、男性に歌ってもらうために曲を作ったのはその2曲とこれだけですね。男性に限らずですけど、自分以外の人が歌うことを想定して、その人になりきるように作るのは、すごく楽しい。

アンジェラ・アキ - 手紙 ~拝啓 十五の君へ~ / THE FIRST TAKE

――「自由の色」という曲を聴いて感じたのは、アンジェラのボーカル表現の幅がすごく広がったなということでした。押しと引き、抑揚のつけ方が素晴らしい。

アンジェラ: 「THE FIRST TAKE」を見てくれた人にも、以前と歌い方が少し変わったねと言われました。本当はへたくそになっているはずなんですよ。だって10年間、人前で歌っていなかったんだから。スポーツがそうであるように、歌も続けてこそ強くなっていくものですからね。で、思い返すと、デビューからの10年間、私はガムシャラに走っていた。下積みを経てやっとデビューできたのが28歳のときで、同期には自分より若い人達がたくさんいて。自分のなかに“なにくそ”という思いがあって、それを燃料にして走っていたところがあったんです。歌で何かを証明しないといけないみたいな気持ちが、あの頃、あった。でも、それがこの10年で抜けたんですよ。何かを証明したくて歌うんじゃない。今はもうそういう気持ちがない。だから、歌い方が変化したことを自分なりに分析すると、上手くなったとか下手になったとかじゃなくて、証明するものがなくなったっていうことじゃないかな。それが歌に反映されてこうなっているんだと思う。

――なるほど。声を張ればいい歌になるわけではないですからね。言うなれば、その人の人生、生き方が歌の説得力になる。

アンジェラ: そう。自分もいろんな試行錯誤をいっぱいしてきたけど、肩に力が入りすぎていたところがあったなと思っていて。もちろん、そういう私の歌に共感してくれた人もたくさんいたと思うし、過去を否定するつもりはないけど、今はあの頃と違う葛藤もあるし、あの頃とは違う頑張り方をしているから。うん。いま喋りながら自分でもしっくりきたけど、証明するものがなくなったっていうのは、自分のなかで大きいですね。歌に変化があったとしたら、そういうことなんだと思う。

――「記憶の器」は最後を飾るに相応しい曲ですね。ミュージカル『この世界の片隅で』のテーマを象徴している曲なんだろうなと想像できます。

アンジェラ: 個人的にこの曲は一番好きな曲で。ワークショップで初めて役者さんたちの歌を聴かせてもらったときには涙を抑えることができなかった。“記憶の器”というのは、原作に出てくる、こうの史代先生の言葉で、私は原作を何度も読み返して、その言葉がでてくる場面がものすごく印象に残っていたんです。大事な人を失った人が、その人がこの世界の片隅に確かに存在したこと、今も“記憶の器”のなかにいて自分たちが生かし続けるんだということを話すわけですよ。今、喋りながらまた涙が出てきちゃったけど……。

――肉体は滅びても、記憶の器のなかで在り続ける。消してしまわないように。

アンジェラ: そう。それで私はこの曲のなかに、ほかの曲で歌っているラインも入れ込んでいるんです。このミュージカル作品において、この曲自体が記憶の器であるという思いも込めて。器としてこの曲が存在してほしいという願いを込めたんです。

――このアルバムの楽曲群にアンジェラが込めた思い、メッセージは、ミュージカルを観に行けない人にも届いてほしいし、広く伝わってほしいと僕は思います。

アンジェラ: ありがとうございます。ここ数年、アメリカではポップスとミュージカルの世界の溝がどんどんなくなりつつあって、ミュージカルのキャストアルバムがビルボードのチャートのトップにランクインされることも珍しくなくなっている。というのも、ミュージカルは観ないけどキャストアルバムは聴くっていう人も多いからなんですよ。例えば田舎に住んでいるアメリカ人とかは、観たいミュージカルがあってもニューヨークまで出ていくお金がなかったりする。ブロードウェイは高いですからね。金銭的なところで観に行けない人もたくさんいるわけです。でもキャストアルバムを聴くことでミュージカルの世界観を共有することはできる。キャストアルバムに救われたと話す人も多いんです。同じように、私はこのアルバムを聴いた人が、こうの史代先生の漫画と上田一豪さんの脚本にある物語のあたたかさ、ぬくもりを共有してくれたら、とても嬉しい。それと同時に、ミュージカルに行き慣れていない人がこのアルバムを聴いて劇場に足を運びたくなる、そのきっかけになったらいいなとも思っているんです。ミュージカルは5月にスタートしますが、その前にこのアルバムを聴いて、“この曲ってあのシーンで歌われるのかな”と妄想して楽しんでもらえたら嬉しいですね。

『アンジェラ・アキsings 「この世界の片隅に」』

■リリース情報
ニューアルバム『アンジェラ・アキsings 「この世界の片隅に」』
2024年4月24日(水)発売
CD 品番:MHCL-3076
配信 :各配信サイトから
https://lnk.to/AngelaAki

<収録曲>
1この世界のあちこちに (2024年2月7日先行配信済み)
2焼き尽くすまで
3波のウサギ
4醒めない夢 (feat.海宝直人)
5掘り出しもんみーつけた
6端っこ
7花まつり
8言葉にできない (feat.海宝直人)
9自由の色
10記憶の器
(全曲作詞/作曲アンジェラ・アキ 編曲河内肇)

■アンジェラ・アキ 関連リンク
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