チバユウスケ、人称表現から歌詞を紐解く 空想を飛び出し“他者”と向き合った約30年の変遷

 ROSSOの活動休止を経て、2006年にThe Birthdayがデビュー。ここでまた人物描写の傾向は変化し、一人称はやや減少。その代わり総数はまだ少なめだが、ようやく二人称の表記が徐々に目立つようになった。『NIGHT ON FOOL』(2008年)、『STAR BLOWS』(2010年)の頃になると一・二人称共に明確に増え、まるでTMGE『GEAR BLUES』のように、彼の詞の世界観の過渡期を思わせる変化が見え始める。一人称には変わらず〈俺〉と〈僕〉が入り乱れる一方、二人称はやや他人行儀な〈君〉が頻出。その語感からは、詞の世界における主観的な視点の人物が不慣れながらも他者との対話を始めたことを窺わせる。

The Birthday - あの娘のスーツケース

 その後ギタリストの交代(2011年にフジイケンジが加入)によって、The Birthdayはサウンド面のみならずチバの歌詞表現でも劇的な変化を見せる。人物描写においてもその差は面白いほどに顕著で、この時期を境に一人称は再び〈俺〉一辺倒に、そして二人称は〈お前〉が大半になってくる。加えて『I'M JUST A DOG』(2011年)〜『COME TOGETHER』(2014年)までのアルバム3枚は第三者の影、特に架空の人名を用いた描写が極端に減る。従来と比較するとその様は明らかに彼が空想から飛び出し、現実の他者と相対し始めたようにも思えてくるのだ。

The Birthday - なぜか今日は
The Birthday - さよなら最終兵器
The Birthday - くそったれの世界

 この変化にはメンバーチェンジのみならず、2011年3月の東日本大震災も影響しているのかもしれない。この頃の一人称〈俺〉には、おそらくチバ自身の自我も多分に含まれている。「なぜか今日は」「さよなら最終兵器」「くそったれの世界」など、いまだ大勢のファンからメッセージソングとしての根強い人気を誇る曲が同時期に多いのは、これも一因なのだろう。愛にまつわる描写の増加と共に、明確に〈お前〉≒聴衆へとまっすぐ向いたチバの眼差し。長年彼を追うリスナーほど、それを強く実感するのではないだろうか。

 『BLOOD AND LOVE CIRCUS』(2015年)以降の作品にも一・二人称は継続的に登場する。一人称は一貫して〈俺〉が大多数だが、〈君〉や〈あんた〉という二人称の揺らぎに加え、この頃から再び第三者、架空の人名が多く描写され始める。だが過去との差としては、〈あの娘〉という茫洋な表現が激減する点だ。詞の中の架空の人物、あるいは相対する誰かに関しても、チバの中で昔に比べより精彩で現実味のあるパーソナリティが形成されたのか。それは他者との数々の相対を経て彼の内側に積み重なった、多様な実在人物の姿形のストックゆえの変化かもしれない。

 最後にYUSUKE CHIBA -SNAKE ON THE BEACH-(以下、SOB)の詞にも触れておく。楽曲の大多数はインストゥルメンタルだが、唯一収録曲すべてにチバの歌唱または声が入っているアルバム『SINGS』(2022年)は、同時期のThe Birthdayの作品群と比べてもやや異なる様相を呈している。

 歌唱のあるSOBの曲数自体が僅少のため、一概に言えない部分はあるが、全曲に一人称が用いられるのは本アルバムの大きな特徴だ。重ねて久々の登場となった〈私〉〈僕〉の描写、そしてそれを用いた曲をリードトラック(「ラブレター」「M42」)に据えた点からも、過去のTMGEと一期ROSSOの棲み分けのように、The Birthdayとは明らかに違う世界観の構築を試みた彼の姿勢が滲む。バンドマンとしてのソングライティングのみならずソロプロジェクトにおいても、その独自性を拡大する余地をチバはまだまだ残していた。それが永久に喪われたこともまた、彼の逝去において我々が悲しむべき事柄のひとつなのだろう。

YUSUKE CHIBA - SNAKE ON THE BEACH - 「ラブレター」MUSIC VIDEO
YUSUKE CHIBA - SNAKE ON THE BEACH - 「M42」MUSIC VIDEO

 約30年の月日で彼が残した数多の音楽。そこには確かにチバユウスケという男が歩んだ人間的成熟と、彼の持つ類稀なる普遍的な才の片鱗があちこちに散らばっている。

〈変わらないでいるために変わる 当たり前じゃんかそんな事〉(「Buddy」/The Birthday)

 この世を去ったこともまた、チバユウスケが“チバユウスケ”として在り続けるための通過点だったのかもしれない。その真意を彼から教えてもらう術は、私たちにはもうないのだけれど。

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