鈴木愛理「恋におちたら」カバーは日常的な恋愛ソングに 空音と☆Taku Takahashiがもたらす現代性

 鈴木愛理のニューアルバム『28/29』が3月20日に発売される。「最強の推し!」や「heart notes」といった既存シングル曲や、40mPやツミキといった人気ボカロPとタッグを組んだ楽曲など、2022年以降の活動をまとめた1枚となっている同作だが、本稿では3月6日に先行配信された収録曲「恋におちたら feat. 空音 & ☆Taku Takahashi」について取り上げたい。

 2005年にリリースされたCrystal Kay(ならびに同年のJ-POP)の代表曲を19年もの時を経てカバーした同楽曲は、ただ原曲を歌い直しただけではない、気鋭のラッパーである空音がラップパートを新規に書き足し、☆Taku Takahashi(m-flo)がプロデュースとトラックメイキングを担当しているという、もはや再構築に近い仕上がりとなっている。

☆Taku Takahashi

 1992年生まれの筆者にとって、Crystal Kay「恋におちたら」は多感な10代前半の時期を彩った、まさに“あの時代”を象徴する楽曲だ。正直、当時の筆者は熱心なファンではなかったのだが、それでも曲名を見るだけですぐに頭の中でサビが流れだすくらいには、筆者の身体に同楽曲が染みついている。そうした楽曲との結びつきは、きっと多くの90年代前半生まれ(主要なミレニアル世代ともZ世代とも距離のある、なかなかに居心地の悪い世代だ)にとって共通するもので、本楽曲のリリースに際して「ガラケー時代の懐かしさ」(※1)という言葉を寄せた鈴木にとっても印象深い楽曲であることが想像できる。

クリスタル・ケイ「恋におちたら」MUSIC VIDEO

 では、実際に楽曲を聴くにあたって、「懐かしいなぁ」と喜びに浸りながら再生ボタンを押したのかというと、個人的にはそうでもなかったりする。というのも、「2000年代リバイバル」や「Y2K」という言葉をさまざまな場面で目にするようになった現在においても、2000年代中頃から後半にかけての時期、より具体的に言えば「着うた」という文化が音楽業界を席巻していた頃のJ-POPに関しては、まだ“あの頃”の中にいるような感覚があり、(少なくとも個人的には)まだ再評価というモチベーションに持っていくことが難しいのである。身も蓋もない言い方をすれば、何となく気恥ずかしいのだ。だが、実際に今回のカバー曲を聴いて感じたのは、そんな過剰な自意識が一瞬でどうでもよくなってしまうような、あまりにも見事な仕上がりに対する感動だった。

空音

UKガラージ+ジャージークラブをバックに軽やかに生まれ変わる

 「恋におちたら」の原曲と今回のカバーの最も大きな違いは、そこで描かれる風景の重量感にあると言えるのではないだろうか。街全体を巻き込むというスケール感で恋に落ちた相手を徹底的に肯定する原曲は、今でも結婚式の音楽として親しまれるほどにドラマティックな楽曲であり、当時のJ-POPの潮流でもあったオーケストラを取り入れた壮大なサウンドプロダクションがそのムードを全力で演出している。一方で、今回のカバーバージョンでは原曲のキラキラとした輝きを残しながらも、かなり音数を削ぎ落とした音像に仕上げられており、風通しの良さすら感じさせるような軽やかなムードに満ちている。

 そうした軽やかさにおいて重要なのが、大胆にUKガラージ/2ステップのビートを導入しているということだろう。最初に聴いた時には驚かされたが、少しずつ相手への想いが膨れ上がっていく楽曲の構造や、今でも色褪せることのないキャッチーなサビのメロディとの相性は抜群で、身体に染み込むくらい何度も聴いたはずの原曲に対して「こんな楽しみ方があったんだ」と新鮮な気持ちになりながら、つい身体を動かしたくなってしまう(また、その親和性の高さは原曲のR&Bとしての魅力を引き出していると言えるのかもしれない。90年代後半から00年代前半はR&BネタのUKガラージ/2ステップのリミックスが数多く生み出されていた)。

鈴木愛理『恋におちたら feat. 空音 & ☆Taku Takahashi』(Music Video)

 また、原曲に対する「相手の視点」を描いた空音のラップパートではさらに捻りが効いており、同パートの前半ではダブステップ的とも言える強烈なリバーブがかかり、後半に至ってはビート自体がジャージークラブへと変貌を遂げるという大胆なアプローチが取り入れられている。両者のパートとも、開放感に満ちたサビへと向かって徐々に勢いをつけていくという点では共通しているが、鈴木のパートはUKガラージ/2ステップ、空音のパートはジャージークラブと、異なる手法で演出することによって、二人の姿のコントラストをより鮮明に表現しているのだ(これは余談だが、本楽曲における大胆なビートチェンジやUKガラージとR&Bの組み合わせは、2001年のm-floの代表曲「come again」を想起させるものでもある)。

m-flo / come again

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