林 和希、30代になって歌う望郷の念 “虚しい男性像”とも向き合ったソロならではの作詞
シンガー・林 和希が2月21日、1stシングル『東京』をリリースした。DOBERMAN INFINITYのKAZUKIとして知られる彼だが、昨年アルバム『I』のリリースとともにソロ活動を始動。それに続く待望のシングルが本作だ。収録曲は、大人になった今感じる望郷の念をポジティブに描いたリード曲をはじめ、ほんのり上から目線な色気を放つ「Show me what you got」、既発曲を今の歌い方でリメイクした「Sorry」と前作に引き続き王道R&Bを貫く硬派な仕上がり。
そんな彼は現在『林 和希 LIVE TOUR 2024 “I”』の真っ最中である。ツアーに合わせて発表された本シングルにはどんな想いが込められているのだろうか。5カ月間も浮かばなかった作詞や、自身が描きたい「虚しい男という生き物」という考え方など、興味深いトピック満載のインタビューをお届けする。(小池直也)
以前にも増して強まった“寄り添いたい気持ち”
――昨年はどんな年でしたか?
林 和希(以下、林):ソロデビューの印象が強いです。全国を回って、2曲だけですがパフォーマンスさせてもらいました。ファンクラブイベント、ライブハウスツアーなどファンの方々と近い年だったなと感じます。
――ソロ活動を経て、DOBERMAN INFINITYでの活動にも変化があったり?
林:ホーム感がありますね。『東京』の制作でドーベルの現場に行けない時もあったのですが、久々に顔を合わせると気持ちが落ち着きますよ。
――では1stシングル『東京』について聞かせてください。昨年のアルバム『I』は自宅のスタジオで録音されていましたが、今作は?
林:今回はレコーディングスタジオで録りました。家だと時間が果てしなくかかってしまうんです。良し悪しのジャッジがわからない。だから今は現場でスタッフさんの意見を聞くようにしています。
――ストックしている曲も多いそうですが、今回の収録曲は前から書いていたものなのでしょうか。
林:2曲は新たな書き下ろしです。今やりたいことを以前に作った曲で表現する気にはならないんだなと、今回の制作でよくわかりました。もしかしたら、もう貯めている曲が日の目を見ることはないのかも。ただ「Sorry」はDOBERMAN INFINITY『TERMINAL』に収録した曲をリアレンジして歌い直しました。新作では「Show me what you got」が先にできて、「東京」は最後の最後まで歌詞が思い浮かばずに苦労しましたね。
――そうだったんですね。
林:ビートもトップラインもわりとすぐできます。とにかく歌詞。僕の制作の9割は歌詞ですね。特に「東京」はリードになることが決まっていたので、余計に力が入るんです。無駄に難しく考えたりして時間がかかってしまいましたが。
――「Sorry」を歌い直そうと思った理由は?
林:「東京」とセットにしたかったんです。自分が上京した時の気持ちを歌った曲が「Sorry」で、今を歌っているのが「東京」という感覚。両曲をぜひ一緒に聴いてほしくて。改めて歌ってみて「簡単にやってたけど、意外と難しいことをしていたんだな」と感じましたね。何気なく歌っていた技術的なことにも気づいたり。
――難しかったことは具体的にいうと何でしたか。
林:前回を超えないといけないという邪念を払拭するのに苦労しました。一度イメージが完成された曲を録り直すのは思ったよりも大変。また以前は「自分の歌を聴いてほしい」という歌い方でしたが、今は「温かい気持ちになってほしい」とか「寄り添いたい」という気持ちが強いんですよ。だから必然的に今の歌い方にアップグレードされたんじゃないかな。
「“過去に戻りたい”ではなく、それを胸にしまって生きることが大切」
――では制作順にお話を聞かせてください。まず「Show me what you got」についてから。
林:『I』は盛り上がる曲が少なかったので、ライブで会場の人たちと楽しめるサウンドにしたかったんです。それが最初の着想でした。サビのスクラッチ部分はもともとメロディが入ってましたが、情報量が多いし「言いたいことがない」とも感じたので思い切ってドーベルの専属DJ・HALさんの演奏と差し替えてもらったんです。
あと「盛り上がっていこう!」みたいなリリックを歌う自分も想像できなくて。だからストーリーは「男の虚しさ」みたいなものに仕上げています。上から目線は得意ではないのですが、「Show me what you got」(君の本性を見せて)というタイトルは強気ですよね。だから結局は「見せて」というよりも「見せてください」という感じです(笑)。
――王道なR&Bの世界観ではありますね。
林:僕は「Hey girl」みたいなキザな感じよりも、「男」というどこか虚しい生き物を描きたいんでしょうね。この曲では、男が気になっている女の子から誘われるシチュエーションなんです。ただ相手は何の気もないのに男には下心があって、口説こうと思ったら自分が酔っ払って説得力がないという。もちろん僕はそんな経験はないですけど(笑)。
――ボーカルに関していうとコーラスのボイシング(積み)が前作よりシンプルです。
林:本当は声をもっと積もうと思ってたんですよ。でも1本(メインボーカルのみ)でいいグルーヴが出たテイクがいくつかあって、「これは重ねなくてもいいんじゃない?」と。実際に重ねてもみたのですが、歌詞を乗せてからは、やはり1本がいいなと思って他は全部ミュートしました。ひとりで作業していたら気づかない視点だったかもしれません。
――リード曲「東京」はいかがですか?
林:田舎から上京して過ごすなかで、自分のドライな思考だったり、ひねくれてる部分を感じるんです。でも青春時代の思い出が、そんな心を温めてくれたんですよ。大切な人や、一緒にいてくれた人が与えてくれた愛情が今も残っているなと身に染みて感じる。そんな二度と戻らない切なさと温かさを曲に落とし込みたかったんです。ただ作詞を始めると、どうしても今と昔を比較して後悔したり、未練があるような内容になってしまうんですよね。自問してみると、やはり書きたいのは「過去に戻りたい」ではなく、むしろそれを噛みしめながら、胸にしまって生きることが大切なんだとポジティブに捉えることで。
――そういう考えに至ったのはなぜでしょう。
林:30歳を過ぎてから考えるようになりましたね。青春時代を15歳だとすると、その倍以上の時が経って「随分と遠いところまで来たな」という感覚に陥るというか。夢に、当時一緒に過ごした人たち、もう会えない人たちが出てきて、目覚めた瞬間に切ない気持ちになったこともあったり。そういう時に「もう戻れない」ということを突きつけられるんです。でも、そんな思い出を浮かべていると心が温かくなるんです。