『光る君へ』作曲家 冬野ユミ、100曲超えの劇伴制作 反田恭平やN響との共演で得た手応え

 作曲家・冬野ユミが音楽を手がけるNHK大河ドラマ『光る君へ』。そのオリジナルサウンドトラックが1月31日に発売となった。自らの熱いラブコールで実現したというピアニスト 反田恭平の起用、そして現時点で100曲にわたる膨大な劇伴の数々など、『オリジナル・サウンドトラック Vol.1』収録曲を中心に『光る君へ』の音楽制作にまつわるエピソードを語ってもらった。(トヨタトモヒサ)

3曲目のデモを経て決まったメインテーマ

――現在放送中の『光る君へ』ですが、オファーを受けた際のお気持ちを伺えればと思います。

冬野ユミ

冬野ユミ(以下、冬野):次の大河ドラマを旧知の中島由貴さんが演出されることは、風の噂で聞いていて、徐々に私の起用が具体化していった感じでした。正式に決まった際は、本当に嬉しかったですね。朝ドラ(連続テレビ小説『スカーレット』)もやりましたけど、私自身はどちらかと言えばメインストリームを歩んできた人間ではないんです。ラジオドラマに一風変わった音楽をつけてきたので、どちらかといえばアウトローのつもりでいて(笑)。しかも大河ドラマといえば歴史も長く、これまでに錚々たる作曲家の方々のお名前が連なっていて、「本当に私ですか?」みたいな。喜びとドキドキの両方の気持ちがありましたね。

――「光る君へ メインテーマ Amethyst」の音楽の方向性は、どのように決めていかれたのでしょうか?

冬野:最初に主人公が紫式部と聞いたとき、メインテーマはピアノ協奏曲にしようってすぐに思いました。

――では、メインテーマはわりとすぐに今の形に?

冬野:いえ、その後スタッフと打ち合わせをしまして、制作統括の内田ゆきさんからは「口ずさめるメロディにしたい」と言われたのと、ボッティチェリの絵画「プリマヴェーラ」をイメージとして挙げられました。絵画の「プリマヴェーラ」には美しさの中にも謎めいた暗さがありますよね。要は「煌びやかなイメージの平安時代だけど、影の部分があったりと多彩な世界を表現したい」ということですね。そういったことを自分なりに紐解き、3カ月くらい悩んだ末に2曲のデモができ上がりました。チーフ演出の中島さんとは長年のお付き合いで、阿吽の呼吸と言いますか、信頼関係があって、細かいオーダーはありませんでした。「まずは作ってみて〜」というスタンスだったと思います。

――いわゆる「決め打ち」ではないんですね。

冬野:ええ。それで他の演出家や音響デザインの方々にもこのデモ2曲を聴いていただき、どちらにするかでいろいろな意見が飛び交い、皆さんの意見を取り入れて、いいとこ取りをした1曲がそろそろ決まりそうになったところで、中島さんから突然「違うアプローチでもう1曲作れない?」という問いかけが来て。それも中島さんらしい、いつもの無茶ぶりなんですけど(笑)。締め切りギリギリだったかと。

――その3曲目のデモが「光る君へ メインテーマ Amethyst」に?

冬野:いえ、最終的に決まったのは、最初に出した2曲の中のひとつです。中島さんのリクエストで作った3曲目のデモは、『オリジナル・サウンドトラック Vol.1』の1曲目に入っている「Primavera-花降る日」です。最後まで、テーマ曲として 「Amethyst」と競い合った曲なので、劇伴でも重要な曲として使われていくことになるかと。

――3曲の中から選ばれたメインテーマ「Amethyst」についても詳しくお聞かせください。一口にピアノ協奏曲と言っても時代や作品で様々ですが、どういったイメージでしょうか?

冬野:平安時代の華やかさと、妖しい美しさ、まひろの激動の人生を表現しました。当初、頭の部分は「静かな入りでもいい」と中島さんは言っていましたが、メインテーマはやっぱり華やかなオーケストラのサウンドで入りたいと思いました。金箔がハラハラ舞い落ちるイントロです。そこに関しては自分の意思を通していただきました。中間部には、イントロのメロディをジャズ調にした部分を入れましたが、主演の吉高由里子さんのキュートでお茶目な感じをイメージしたところもあります。また、最後はしっとりと終わらず、ちょっとトリッキーで畳みかけるような曲調にして、どうだー! って感じの終わり方にしています。

――テーマ曲の作曲における苦労などは?

冬野:尺がキッチリと決まっていたことですね。2分40秒、マックス2分45秒までと決まっていて、その限られた時間で作品のテーマを描き切るのはとても大変な作業でした。それこそ最初に作った段階では5分くらいあったんです。途中のジャジーな部分も今の倍くらいあったんですけどね。思い入れがある分とても悩ましくて、断腸の思いでカットしたり、ゆったりと歌いたい箇所を少し駆け足にするなどして、どうにか今の尺に収めました。

メインテーマのレコーディングエピソード

――大河のテーマ曲といえば、伝統的にNHK交響楽団(以下、N響)が演奏しており、今回はN響の演奏に加え、反田恭平さんが独奏を務めています。レコーディングでのエピソードもぜひお聞かせください。

冬野:N響さんに演奏していただけるということで、作曲も譜面作りも、思いっきり労力を注ぎ込んで作業したことは忘れられないですね。それとN響さんといえば「大河のテーマはテイク1しか録らない」という都市伝説がありまして(笑)、私は録音当日まで信じていて。全くそんなことはなく、限られた録音時間の中で、たくさんのテイクをいただくことができました。広上(淳一)マエストロの熱い指揮で、N響の皆さんが素晴らしい音を奏でてくださった音楽録音は至福の時でした。

――反田恭平さんは、2021年の『第18回ショパン国際ピアノ・コンクール』で第2位に入賞した、まさに今が旬のピアニストで、この起用も大きな話題となっています。

冬野:反田さんがデビューする直前くらいの頃に、彼の演奏を聴く機会があったんですが、素敵な音を持っているピアニストだなっていう印象でした。ホロヴィッツのような音だなって。ポンと鍵盤を叩いただけで音が心に響いてくる。表現力もセクシーだし! 夢の夢でしたが、いつかご一緒できたらいいなと思っていました。

――オファーはNHKサイドから?

冬野:いえ、元々メインテーマをピアノ協奏曲にするのは自分のアイデアでしたので、もしかしたら大河ドラマなら弾いていただけるのではないかと思い、自分でマネージャーさんにメールを送ってオファーをしました。どれだけ貴方のピアノが素晴らしいのか、私がどれだけ『光る君へ』に懸けているのか、それはもう暑苦しい内容だったと思います(笑)。

――では、まさに冬野さんのラブコールが実って起用が実現したわけですね。

冬野:はい。興味を持っていただけたんですが、反田さんがとてもお忙しいのと、N響さんも定期をはじめとした演奏会の予定が詰まっていて、スケジュールが2日くらいしか取れず、その中で調整していくのは本当に大変でした。それもあって、なかなか反田さんサイドからOKが出なかったのですが、決まった際には本当に夢が叶ったと思いました。「反田さんに弾いていただけるのなら」と張りきって、難しい譜面を書きました! レコーディング時に、反田さんから「この譜面、なかなか難しいですね」という言葉をいただいて(笑)。もちろん素敵に弾きこなしてくださったんですけど。

――N響には当然ハープも編成にあるわけですが、今回、スタジオでも定評あるハーピストの朝川朋之さんが参加されています。これも冬野さんからの指名でしょうか?

冬野:そうです。朝川さんもずっと憧れていたミュージシャンのひとりで、当初は劇伴の音楽録音でオファーさせていただいたんです。だけどテーマ曲を作る過程で、「Amethyst」にはどうしても朝川さんのハープの音色が欲しくなって、お願いしました。実はハープのパートに関しては、朝川さんが「Amethyst」のデモを聴いてイメージを膨らませてくださって、アレンジを加えてくださったんです。私のスコアをブラッシュアップしてくださいました。結果、ハープの存在感が際立つ、ピアノとハープの協奏曲になりました。デモをお聴かせしたとき、朝川さんから「平安の絵巻物がダーッと色鮮やかに広がっていく感じですね」と言っていただけたのは、とても嬉しかったです。

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